星に願いを
藍色をした空に、キラリ と光るソレを見つけた。

窓を開けると、幾億千の星が瞬いていた。



「……君の瞳は、この星よりも輝いている」



自然に流れ出た言葉に、ガクは一人、おぉ、と呟いた。

良い台詞が浮かんだと足取り軽く、姫乃の部屋へと歩き始めた。
星に願いを
「ひーめの、ん……………………?」



すぅ と壁を擦り抜ける。


きゃー!ドアから入ってきてっていつも言ってるでしょー!


お決まりの台詞が脳内に浮かぶ。

が、そんな声はいつまで経っても聞こえてこず、ガクは首を傾げた。


よくよく見れば、部屋には電気が付いておらず、姫乃は元より人の気配が全くしない。

無人の部屋に、肩を落としかけて、パタパタ と靡くカーテンが目に入った。



「?」



窓が開いている。

涼しい夜風が体を擦り抜けていくのを感じながら、ガクは窓から身を乗り出して辺りを見渡した。



「……」



と、屋根の上に黒い物体がいるのを見つけて、ガクは、ツ とそちらに足を向けた。



「ひーめーのん」



その見知った、探していた後姿に声を掛ければ、その黒い影はビクリと揺れてから、こちらに体を動かした。



「ガ、ガクリンかぁー…もー、驚かさないでよー」



自分の姿を確認して、その人物、姫乃は漸く緊張の糸を解いた。

へにゃ と脱力した笑みを浮かべて、隣にどうぞ と姫乃は座る位置を少しずらす。



「今晩は星が綺麗だねぇ」



ね と空を仰いで、姫乃が感嘆の息を漏らす。

ガクは頷いて同意し、そこで、ハッ と思い出した。



「君の瞳は、この星よりも輝いている」

「……へぁ?」



先程思いついた良い台詞を、姫乃を見つめて言い放つ。

姫乃は数秒、瞬きもせずにガクの顔を凝視し、それから暗闇でも分かるほどに、顔を赤らめた。



「…はは、」

「?」

「あはははは!」

「?ひめの…」

「ガクリン!」

「はい」



突如笑い出した姫乃を訝しんで伸ばした手は、呼ばれた声によってストップさせられる。

姫乃は顔を赤くしたまま、ちょっと無理矢理に笑って見せた。


ガクは、この星空よりも美しい笑顔だ と思った。



「流れ星にお願い事、しようか」



上を指差して言うソレに、ガクは空を見上げた。

相変わらずチカチカと眩しい星空から、姫乃へと視線を戻した。



「星は流れてないよ?」

「まず流れるようにお願いしよう」

「うん」

「それから流れたら、お願い事をしよう」

「うん」

「私とおんなじ事、願ってくれる?」

「うん」



姫乃は、胸元で祈るように両手を組んで、恥ずかしそうに、そして泣きそうな顔をして…笑った。



「ひ…」

「ガクリンに、触れたい」

「……――ッ、ひ」

「っ、さぁ!まずは星が流れるようにお願いしなくちゃね!」

「姫乃!」

「っ、な に?」



くるりと背を向けて、祈りを始める姫乃にガクは珍しく声を荒げた。


肩が震えているのは、自分の都合の良い思い込みだろうか…



「ごめん」

「……な、なに、謝って…」

「ごめん」

「…だ、っ、だから、」

「ごめんね、ひめのん」

「っ、な、んで、謝ってるのか、分かんないよ!」



声が震えているのは、もう、都合の良い思い込みなんかじゃなかった。



「ほら、私ばっかり、見てないで……空、見てて」



こんな日は、滅多にないんだから という声にガクは空を見上げた。


最後、視界の端に見えた光は、星か、それとも……