手と手を合わせて
「…そこの…そこの、お人よ」
手と手を合わせて
ピタリ

何か、視線を感じては歩みを止めた。

買い物を済ませ、どこかでコーヒーでも と喫茶店を探していた時の事だ。



「……だれ…?」



舐め回すような無遠慮な視線に、はふるりと身震いをする。

ジッと目を凝らして、耳を澄ます。


道行く人は、を邪魔そうに眉を顰めて避けていく。

手に持った紙袋が、人にぶつかって、がさり と音を立てた。



「…そこの…そこの、お人よ」



ボソボソ と、ほんの微かに、けれどハッキリと、老婆の嗄れ声が聞こえてきた。



「わたし…?」

「そう、貴方だよ、お嬢さん」



と、不意に目に入る。

道路一つを挟んだ路地裏に、黒い影が見えた。



は、それを目に捕らえたまま、殆ど無意識に走り出す。

元来た道を息を切らして、それから信号を渡る。



どうしてわたしは走ってるんだろう…


無視すれば良い

空耳だったと無視すれば良いのに…

わたしは…



「……はぁ……はぁ…わたしに、…何の用?」



浅く荒く短く息を繰り返す。

この季節に汗だなんて、風邪を引いてしまう とは場違いな事に眉を顰めた。


自分が見下ろすその人は、薄汚れた布を被っていた。

声からして老婆なのだろうけれど…



「お嬢さんや。私が見える、みたいだね」

「…?何言っ…ひっ…!」

「見えるお嬢さん、一つ忠告してあげよう…いや、警告、なのかね…ヒッヒッヒッ」



の失礼な悲鳴にも老婆は動じず不気味に笑い声を上げた。

上がった顔、片方の目が潰れていたのだった。



「……」

「ヒッヒッヒ。そう怖い顔をしなさんな。…いいかい、ヒトでないヒトに気を付けな」

「…え?」

「そいつに絡まれると厄介だよ」

「…厄介?」



ヒッヒッヒッ と老婆はまた不気味に笑う。



「死ぬよ。お嬢さん」

「…っ…っな、なに…言って…」

「しかも……いや、これはいい。…とにかくだ、お嬢さん」



老婆は細い目を更に細めて、骨と皮だけになった指での左胸を指した。

まるでの心臓の早鐘を教えるかのように…



「いいかい。ヒトでないヒトに気を付けな」

「…ヒトでないヒト…」



冗談だ 戯言だ そう断言できないのは、どうしてだろう…。

心臓が跳ね上がって、息がうまくできない。


は、今にも零れんばかりの涙を、震え上がりそうな恐怖を必死で抑えていた。



「ほうら、後ろをご覧」

「…う、後ろ?」



指差す先を、の心臓を差している指の先へ

はぎこちなく顔を動かして、道路へと目をやった。


勿論、そこは車や人がごった返す通りでしかない。


楽しそうに喋る学生、疲れた顔で早歩きする会社員、化粧がやたら濃いOL…

普段と変わらぬソレにはホッと胸を撫で下ろした。



「何も無いじゃな………ッ!!」



へたり と汚いのにも構わず、は地面に座り込んだ。



「嘘でしょお…?」



今の今まで自分が話していた老婆の姿は、そこにはもう存在していなかった。



『いいかい、ヒトでないヒトに気を付けな』



そんな言葉が鼓膜に焼き付いてしまったかのよう…

は、恐ろしさに身震いをして、壁を支えに立ち上がった。



「もう、やだ。…怖い……帰ろう…」



ほとほと と零れ出した涙を手で何度も拭いながら、すん と鼻を啜って、よろよろと歩き出す。

そののその後ろ



「よし、ツキタケ。次はあの子にしよう」

「…アニキー、もーいい加減この町はダメですって。俺らが見えるヤツらなんていそうに」

「運命を感じるんだ。前世で結婚していたかもしれない」

「…はぁ……」



ウキウキと明るい声で話す表情のない男と、諦めた風に溜息を吐いた少年。


を見つめて、表情のない男が、にたり と笑んだ。