依存症
それはある日の昼下がり。


その日光の包みこむような温かさにか、隣のソイツに気を許しきっているのか、ウトウト とまどろんでいた昼下がり。

先程から幸村の視線がこちらに向けられている事にも構わずに、いよいよ膝枕でもしてもらおうかと思った時だった。
依存症
「政宗殿」



遠慮がちに袖をツと引かれ、落ちていく思考も、グ と引き上げられる。



「…んー?」

「政宗殿………あの、政宗殿…」

「だから何だって」



曖昧に掠れた返事が聞こえなかったのかと隣に目をやると、幸村は慌てて視線を逸らした。


政宗は眉を顰めて、What? と一人呟く。



「…そ、某…と、…………せ、…せ…」

「?…せ?」

「接吻して欲しいでござる…っ!」



カアアァァ… という擬音語が聞こえてきそうなほど、顔を赤く赤く染め幸村は一気に言い放った。

そんな幸村の様子を政宗はまじまじと見つめ、眉を顰め、それから数度瞬きをした。


これは…夢か…?



「ハ、破廉恥な事は重々承知の上…!!けれど、その…っな、何と言うか…っ」



政宗が黙っている事に痺れを切らしたのか耐え難くなったのか、幸村は弁明するように口を開く。

と、慌てて政宗も首を振った。



「イヤ、別に…OK、良いぜ」

「…ま、誠にござるか!?」

「ああ、あんたから言ってくれるとは思わなかったんで面食らっただけだ」

「そ、そうか…」



だがしかし破廉恥な事を頼み申して、本当にすまぬ…

そう詫びて俯こうとする幸村の顎に、ソッ と手を添えて、こちらを向かせる。



「俺は嬉しいと言ったんだ。だから謝るなよBABY…」

「……べ?」

「何でもねえ」



英語が壊滅的にできない幸村は、たった一つの英単語にもついてこれない。

政宗は苦笑して、何でもないと首を振った。



「目ェ瞑れ…」



そう耳元で囁かれて、幸村は、ぎゅう と目を閉じた。


今まで顔に当たっていた日の光が無くなり、顔に影が落ち、政宗が近づくのを素肌で感じる。

ドキドキ と高鳴る心臓は、今にも爆発してしまいそうだった。



ちゅ



すぐさま離れていった人の気配に、幸村は、バチ と目を開ける。

一瞬触れた額に手をやって、暫し頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。



「どうした?してやっただろ、Kiss」

「…いや、……?、そ、それはそうでござるが、ち、違うのだ政宗殿…これではござらん!」

「What?」

「某がして欲しいのは…ま、政宗殿の言う、でーぷな…っ、大人のもので…っ」



一度だけ、たった一度だけされた事がある。


熱に浮かされたような瞳で、荒く交わされたソレを自分は忘れられずに、それどころか欲しているのだ…


体温よりも熱い舌が、卑猥に絡んだあの日を…



「幸村」



政宗が、ふ と笑う。


その奥の瞳には、懺悔と後悔と、過ちを繰り返さないという決意が、光る。

だが、幸村は、ソレには気付けない。



「な、何でござるか?」

「無理をするな幸村」

「…ッ某、無理などしておらん!」

「焦る必要はないんだ、時間はたっぷりあるんだからな」

「ッ政宗殿!」



立ち上がって伸びをする政宗に、幸村も慌てて立ち上がる。



「お主、逃げるのか!」

「Ha!もう五限が始まるぜ?」

「構わぬ!」

「俺が構うんだ、もーすぐやってくるだろ」

「?え…?」



誰が? という間も無く、ただ一つある扉がゆっくりと開いた。


扉からよく見知った顔が ―しかも呆れた風に― 覗いて、幸村は、佐助… と呟いた。



「旦那、探したよー」

「…何用か?」

「五限目、もうすぐ始まるデショ?」

「ああ、だがしかし…」

「武田先生の授業だよ」

「!…おお!そうであった!お館様の授業は出ねばならん!急ぐぞ佐助」

「はいはい」



親愛なる武田の顔を思い浮かべてか、幸村は顔を綻ばせて屋上を後にする。

そんな幸村と佐助の後姿に政宗は一瞥し、それから空を見上げた。


と、幸村は途中で止まって、ぼんやりとしている政宗に手を振った。



「政宗殿!今日も共に帰ろう!」

「おー、……勉強頑張れよHONEY」

「任せておけ!」



政宗もソレを振り返して、扉が閉まるまでそちらから目を逸らしたままどこまでも青くてどこまでも広い空を眺めていた。



「後悔させてもくれない、か…」



そう自嘲して、内ポケットからライターと煙草を取り出して口に銜える。



『煙草は体に毒でござるよ、政宗殿』

『…政宗殿の舌は何だか苦いでござるな』



「Shit!」



火を付け掛けた煙草を、ペ と吐き出して、政宗は静かに笑う。


俺に落ちるんじゃねぇぞ、真田幸村…


逃がしてやれなくなるからな…