暇潰し

視界が、体が揺れる。

ぐらぐら、がくがく


それに伴って手も震えて、ノートがまるで電波文字。


その大きな、そして温かなソレは、決意を鈍らせるのだけれど、

けれど…



「…あの、…軋識さん…?」

「ん?何だっちゃ」

「いえ、何だではなくて…」



絶対分かってる。

分かっててやってるんだ。


多分これ、構って欲しいんだ。


ああどうしよう、構ってあげたい。

あげたいけど



「手、退けて下さいー」

「手?ああ、これの事か?」

「うなあああ、それですよううう」



ガックガック

舞織の柔らかな髪の上に乗せられたその大きな手は、勢いを増して舞織の脳を揺する。


床に直接座る舞織の後ろ、持たれていたソファに座る軋識に両足で体を挟まれて、今や逃げる事さえ許されない。


目が回るような感覚に襲われながら、舞織はとりあえず持っていたペンを置いた。



「わたし今忙しいんですうう」

「俺は暇だっちゃ」

「人識くんでも構ってて下さいー」

「そう冷たい事言うなっちゃ」

「あうううう」



何がそんなに楽しいのか、ていうか飽きないのか。

軋識はもうかれこれ十分以上も舞織の頭を掴んだまま、ガクガクと揺すっていた。


一方の舞織は、勤しんでいた宿題を邪魔されて、今やノートはとんでもない線を描いていた。


ちょっと芸術かも…明日先生に見せてみようか…

そう思いつくも、この宿題を出した担当が冗談の通じないカタブツだと思い出して内心溜息を吐く。



「わたし、今勉強してるんですよう」

「お前は頭良いっちゃろ、勉強なんかせずに構えっちゃ」

「何ですかその横柄な態度は、それが人に物を頼む態度ですかあああ、ってやめて下さい目が回るううう」

「きひひひっ」



ぐゎしっ と遂に両の手で頭を掴まれて、右へ左へ前へ後ろへ、がっつがつ 揺すられる。


うっ と舞織が掌で口元を押さえたところで、ソレは漸く終わり手が離される。

と同時に、安定感を失った頭は、ゴツ と軋識の太股の上に雪崩れた。



「きもちわるい…」



うぇ と青褪めた舞織の事などお構いなしに軋識の表情は活き活きと輝いていた。

ぐったり した舞織を脇下から、がつり と掴んで自分の方へと引き上げ、腰を引き寄せてヒザの上に座らせる。



「ようっし!まずは新婚ごっこから始めるっちゃ!」

「は?し、しんこ…ん?」



この人は一体何を言い出すのか、まだ揺れが後を引き摺っていて何も考えられない。

ただただ座高が高くなって不安定さが増しただけ。


向かいで我関せずといった表情でテレビを見る人識に助けてと目で訴えるが、こちら一瞥するだけに終わる。



「…ゴシュウショウ」



にたぁ と楽しそうに笑って人事のようにそう呟く。

そうしてテレビを消して二階へと上がっていってしまう。


ゴオオォ と遠くでストーブの音だけが響く。



新婚ごっこは夜中の二時まで続いたという。