「伊織ちゃーん、本当にいらないのー?」

「いらない です…」

ディア マイ シスター

トントントントン… と上からこちらへ近づいて来た音に、人識は俯けていた顔を上げた。



「いらないって?」

「ああ、朝ご飯も食べていないっていうのに…このままじゃ倒れちゃうんじゃないかな…」



不安そうに上を見遣る双識を尻目に、人識は、ふぅん と興味なさそうに頷いて、箸で掬ったままのラーメンを啜った。



「具合でも悪いっちゃか?」

「ううん、どこも悪くないって…でも部屋に入ってこな い、で……って…言われ……て…」



うんうん とラーメンを頬張りながら声だけ聞いていればどうだろう。

言葉が震えており、軋識は視線を麺から双識へと移した。

そのうち拳も震え出し、仕舞いには体中がぶるぶると震え、挙句、双識は瞳にいっぱいの涙を溜めていた。


軋識は慌てて向かいのどんぶりを指差した。



「レ、レン!ほら、早く食べろっちゃ。麺が伸びる」

「…ああ」



話の方向転換を! と軋識が思考を巡らせるものの、双識も一応は空腹らしく、ずるずる と麺を啜り出した。

だが、数分もしないうちに双識は、ズッ と鼻を啜り、湯気で曇った眼鏡からは読み取れないが、ぼろぼろ と涙を零し出した。


どんぶりの中に次々と入っていく涙を、しょっぱそうだな と暢気に眺める人識に、軋識は何も言わずに麺を口に含んだ。



ずるずるずる と三人が麺を啜っているそのリビングから離れたその二階。

舞織は膝を抱え込んで、ベッド座り込んでいた。



『わたし』が零崎になって、数ヶ月の日が過ぎた。


この家にも、人にも、舞織という人物にも大分打ち溶けた。


そう、思っていた。




それは…わたしの思い過ごしで勘違いだったのだろうか…



「伊織ちゃんの誕生日会をやらないだなんて!」



昨夜、その声が響き渡ったのは決してリビングだけじゃない。

舞織の心にも、ずぶりずぶり と入り込んできて、鼓膜と脳内を支配していた。



「…うっ……ひぐ…っ……うぇ…」



昔、恐怖した


仲間はずれ


という言葉が、浮かんで消えた。




今思えば

あの時目が覚めたのは、偶然じゃなくて、必然という名の運命だったんじゃないかな なんて

似合わないクサイ台詞が出てきて、乾いた笑いと、小さな涙が一つ、足を抱え込んだ腕に零れ落ちた。