そんな……

ちっぽけな鉛弾一つで最期を迎えるなんて…


そんな…最期なんて……

D or R

「ッ…はぁ …はぁ…」



ドックドック と跳ねる心臓、もとい左胸に手を当て、軋識はゆっくりと体を起こした。

どこもかしこも汗だくで、軋識は額から流れる汗を手の甲で拭い、そして愕然とした。


掌までじっとりと汗をかいて、と手を見遣れば、何と真っ赤に染まっているではないか。

その上、ここは軋識の部屋ではなく、玄関先であった。



「……夢、じゃ…ないっちゃか…?」



先程よりも速く高く跳ねる心臓には、もう構っていられない。

うまくできない呼吸による苦しさか、心臓を打ち抜かれた事による苦しさか、軋識は必死に酸素を体へと送り込もうとする。



「…ッ、俺は…」



死んだのか?

喉の奥に詰まったまま出て来ない言葉に、軋識は眉を顰めた。


夢じゃなくて、アレは現実で、胸を打ち抜かれながらも、俺は家へと帰ってきた…?



「……じゃあ、どうして痛くないんだっちゃ」



左胸を打ち抜かれたはずなのに、よくよく考えてみれば息苦しさも眩暈も、痛みもない。

なぜ?



「………もしかして」



俺は、幽霊で…魂だけ、ここに戻ってきてしまったのか…?



「…そうだとすれば、辻褄が合うっちゃ……」



全てに合点がいった。

軋識は顔を俯け、悔しさに歯を食い縛った。



「ックソッ!なんて間抜けな…!!」



ダンッ と拳を床に叩きつけた。


と、視界に三つの靴が飛び込んできた。

ローファーとサンダルと革靴。



「…レン、達は…」



軋識は、よろよろと体を起こし、見知った廊下を、まるで最期、瞼に焼き付けるように眺めながら歩いた。


ガチャ



「…っ、ひぐ…軋識さ…っ…」

「……」

「伊織ちゃん、…もう泣かないで」

「…だって、お兄ちゃん…ッ!軋識さんがもういないなんて…、わたし、考えられな…」



大きな瞳に溢れた涙が、ぼろぼろ と頬を伝う。

それを人識が、袖を伸ばして乱暴に拭った。



「泣くなよ、大将が安心して逝けねぇだろうが」

「…うえぇぇ…」

「伊織ちゃん…」

「ッ、兄貴まで泣くな!男のクセにみっともねぇよ…!!」



そう言って人識がソファから腰を上げた。

二人に背を向け、俯いて腕で顔を拭っていた。



「……」



線香臭い匂いが、部屋に充満していた。

辛気臭い上、重苦しい。

それは、三人が黒い喪服を着ているからに違いない。


ドアを開けたところで動かなくなってしまった足の代わりに、顔だけを端から端まで巡らせて、漸く状況を理解した。



これは、自分の通夜だ と。



きっと明日にでも、トキ達が、極数人、来るかどうか分からないが、やってくるだろう。

もしかしたら、レンが暴君らにも………いや、それはないか。


奥の、冬はコタツが置かれる和室には、自分の遺影が飾られていた。

あれは、去年の春、四人で花見に行った時、舞織が撮ったやつ、だったかもしれない。



「………」



記憶が、


 蘇る。




ひらひらとふわふわと、舞い散るソレに、桜は満開よりも散り際が一番美しい と誰かが言っていた。


安物の青いビニールシートに四人で座り込んで、弁当を広げた。

レンと二人、杯を交わす傍ら、舞織と人識が重箱の中身を取り合っていた。

カップに桜の花びらがふわりと入って、風流だね とレンが笑っていた。



ふと目を細めれば、遺影の近く、そこには沢山の思い出の品が置かれていた。



一番手前、小さいながらも違和感丸出しのソレは、人識が振り回してヒビを入れたゴーグルだった。

俺はソレに気付けずに、装着して海に入って、塩水を目に入れて苦しんだ…


そのゴーグルの下、アルバムのような本が置かれている。

アレは確か、秋、舞織に連れられて行った紅葉狩りで取った葉を、押し花にしてしおりにしようとしていたやつだ。

結局アレに挟んだまま、しおりにしてやれなかった…


テーブルの上で湯気を上げているのは、何だろうか…

レンが作ったものだろうか。

レンが作る物は、舞織と比べなくても美味くなくて、あまり食ってやれなかった…



「…すまない …っちゃ」



絞り出すように、掠れた声が零れ出た。



ぽたり



「…本当に…」



声はどんどん弱く、小さくなっていく。



ぽたり



「すまない…」



震えだすのは声だけじゃない、体中が、何かに震えている。

寒さに? 後悔に?



ぽた ぱたたっ



「俺は…」



床に、点々と水滴が落ちていく。

それが涙だと理解するまでそう時間は掛からなかった。



「お前達に、色々してもらったのに」



握り締めた拳をゆっくり解いて、目の前、腕で顔を隠す人識に近寄った。



「俺は何も返してないっちゃ」



自分より幾分低いその頭に手を乗せようとして、思い留まる。

どうせ触れられない、どうせ気付いてもらえない。


自分は、こいつらとはもう違う世界の住人だと 軋識は見えないバリアーに憚られるように、伸ばし掛けた手を止めた。



「すまない、っちゃ」



軋識は、惜しむように手を引いて、ドアまで戻る。

頭を下げると、ぽたぽた とまた涙が零れて落ちた。



しん と静まり返る室内。

軋識の目から、また一粒、涙が零れようとしたその時だった。



「……ぶっ………っ」



小さく噴き出すソレに、軋識は耳を疑った。



「ご、…ごめ……俺………も、う……っ」

「…だ、だめですよ、人識くん…っ」

「!?」



ぶるぶると体を震わせる人識と舞織。

双識までも手で顔を覆い、体を小刻みに震わせていた。


瞬間



「ぶわっはははははっ!ダメだ、っもー、だめっ!!かははははっ!!」

「あは、人識くん…っ笑っちゃ…折角ここまで…っあははははっ」

「二人とも!何度練習したと…思……っ、ふふっ、うふふふっ」



人識は、ガックリと膝を折って、床に手を叩きつけて笑い転げていた。

舞織は舞織で、ソファに凭れ掛かって涙を零しながら笑っていた。

そしてレンまでも、苦しそうにお腹を抱えて、必死に笑いを静めようと、だが静まらずに苦しそうに身悶えていた。



「な、…」



何なんだっちゃ

続きが出てこない代わりに、ぼろり と瞬きと同時に涙が頬を伝った。



「あはっ、兄貴、俺だめ…っせ、せつめ…かははははっ!」

「…ああ、…うん…っ、でも私も…っ、うふふっ」

「ちょっ、お前ら俺が見え…?……って違う!!誰か説明しろっちゃ!!」

「軋識さんっ、今日は何日ですか?…あははっ、お腹いた…っうふふふっ」



いつまでも苦しそうにして笑う三人を他所に、軋識は眉を顰める以外に何ができただろうか。



「…今日…四月…一日……………それがどうしたっちゃ?」

「っはー…笑った笑った。鈍いなぁ大将は。今日、四月一日は何の日だよ……あー、腹痛ぇー」

「?何の日…?」



四月 一日…四月……

…………………………………………………………



「…!も、……もしかして」

「そう、そのもしかしてだよ」

「まさか!だって現に俺は…」

「服覗いて見ろよ、銃弾の跡なんてねぇぜ?その赤いのも舐めてみれば?」

「っ……じゃ、じゃあ!どうして俺は玄関に」

「寝てる間に三人で運んだ」

「ッ、夢の内容と同じ出来事が…」

「まぁ、それは一種の賭けだよな。催眠だよ大将。舞織が耳元で 銃弾で死ぬ って……何回だっけ?」

「二百回です」

「囁いたんだよ」



このセットは屋根裏から出してきたんだ、あと兄貴の手作りもあるけど。

思い出の品掻き集めて、写真引き伸ばして、線香焚いて…本格的だろ?



「結構大変だったん………!………た、…大将?」



がくん と膝が折れた。



「…は、発案者は人識くんです!!」

「あっテメッ!一人だけ逃れようったってそうはいかねぇぞ!大将、あいつが催眠思い付いたんだぜ?腹黒いよなぁ?」

「ひ、人識くん!!」

「……アス?」



ぎゃあぎゃあと罪の擦り合いを始めた二人を他所に、双識はピクリとも動かない軋識の元へと近寄った。



「……失神してる」

「「え!?」」

「しかも泣きながら」

「「えぇ!?」」



どれどれ と二人が覗き込んでみれば、まさにその通り。

頬に涙が伝うその傍ら、白目を向いていた。



「怖っ!!」

「…よっぽどショックだったんだね」

「…これ、どうしましょう…もう一回玄関に置いておいて夢オチにしますか?」

「うーん、目覚めた時に忘れてるかなぁ」

「エイプリルフールトラウマだなこりゃ。忘れてても本能で四月一日を恐れるようになってたりして」



かははっ …は…



「笑えないですよ」

「アスなら、ね」



そうなりかねない と三人は沈黙した。



「…記憶が無くなっているとしても、本能的に不安がるでしょうからここに置いておきましょうか」

「そうだね、優しいなぁ伊織ちゃんは」

「うふふー。大事なお兄ちゃんですから」

「その兄に催眠かけたやつがよく言う」

「そんなに羨ましいなら今晩楽しみにしていて下さいね」

「ああっと、大将、目ぇ閉じさせておこうぜ」

「そうだね、その方が良いね」



そうして朝と同じように三人でソファまで運び、何のサービスなのか、舞織が膝枕をしている形に納まった。


夜、三人は早朝からの重労働に疲れ果て、眠ってしまっている中、

起き出した軋識は言い知れぬ不安に襲われて三人を起こして回ったのは、また別の話。




Dream or Reality。(夢か現実か)
エイプリルフールネタです。