目を閉じれば 自然と浮かんでくる ふとした時に 勝手に浮かんでくる 忘れたい時程 浮かび上がってくる それはまるで出口のない迷路 同じところをただひたすらに ばかみたいに繰り返す 壊れたラジカセ エンドレス リピート Halloween ギャアギャア とブラウン管から喧しい声。爆笑の渦、拍手喝采。 そんなテレビから目を離して、再びテーブルを見つめた。 「舞織…」 嵐の前の静けさ。 「舞織…」 ぴくりとも動かない。 時折の瞬きと、本能運動の呼吸以外は、全てが止まっているように見えた。 少なくとも、軋識にはそう見えた。 「舞織!」 ダンッ と、大きな音がした。 舞織がそちらにゆっくりと目を向ける。 軋識の拳が、テーブルを叩いたようだった。 その音は、鼓膜を、震わせた。 脳に、伝わったのは、痛かっただろうな という的外れな感想。 痛いんだ、叩いた方も、叩かれた方も。 「何ですか?」 「っいい加減に…」 『ハロウィンとは、キリスト教の諸聖人の日、11月1日の万聖節の前夜、つまり今日!10月31日に行われるお祭りの事を言います』 「んあ、悪ィ」 軋識の声を覆う、ソプラノの声。 人識がテレビの音量を下げた。 舞織の視線は、再びテレビの方へ。 「舞織…」 軋識の掠れたその声は、舞織には届かない。 瞳がテレビを映し出す。 けれど、見ているわけではないのだ。 彼女は、見ていて、見ていない。 『ハロウィンの夜には死者の霊が親族を訪ねたり、悪霊が降りて作物を荒らすと信じられていたそうです。 そこから、秋の収穫を祝い悪霊を追い出す祭りが行われるようになり、キリスト教に取り入れられて、 現在のハロウィンの行事となりました』 ふ と舞織の瞳に、ソレが宿ったのを人識は見た。 「…お兄ちゃんも…帰ってきますか?」 「舞織…」 「会えるわけ…無いっちゃ!死人に…っ…レンは死んだんだ!いい加減ソレを認めて、アイツの分まで…っ」 人識の言葉を、軋識が叫ぶようにして遮った。 舞織の瞳が、揺れる。 「………愚神礼賛さんは、随分と人情厚いんですね。寧ろ熱いです、暑苦しくて熱い上に分厚い」 「大将も家族には甘かったんだな」 「――――ッッ!馬鹿にするのも大概にしろ!!」 バンッ!! と荒々しい音と共に、軋識は部屋を出た。 「…ま、あんたが飯さえ食えばソレで全てが収まるんだからさ、無理矢理にでも掻き込んでくれよ」 「お休みなさい」 「おう」 すっかり軋んでしまったドアを、苦労してこじ開けて、与えられた部屋へと入る。 机の上の箱にそっと触れる。 『私の妹にならないかい?』 突然現れて 『私の妹に手を出すな』 勝手に妹にされて 『兄妹愛のなせる業だよ。可愛い妹のためなら、兄に不可能はないのさ』 ワケの分かんない事ばっかり言って 『零崎というのはね、伊織ちゃん―――』 暑く熱く厚く恍惚とした表情で語り出しちゃって 『私としてはスカートの下にスパッツをはくのは外道だと思うのだよ、伊織ちゃん』 とにかく変態で 『勝手な奴だ』 そして、また突然、姿を消した 「勝手なのはアナタの方だ…」 箱の上に、ぽた と雫が落ちた。 「ひとりにしないで」 「一人に…したつもりは、ないんだけどなあ」 振り返った先に、その人は立っていて、 だって君には、アスと人識がいるでしょ? と言葉を続けて、双識はふわりと微笑んだ。 針金細工、スーツ、眼鏡、赤い瞳、長い髪 「そ、双識さん!!」 震える。 歓喜に、戸惑いに…ガタガタとブルブルと全身が戦慄いた。 「どうしたんだい?そんな幽霊でも見るような顔して」 「だ だって… そう しきさ………っだって!あなたは…!」 「何をそんなに嘆いているの?」 細くて長い指が、何かを ―勿論涙なのだけれど― 拭うように頬に触れた。 「あ、…あな…たが…そうしきさんに …会いたくて……」 溢れる 「苦しくて…」 胸にもやもやと抱えていた思いが 「寂しくて…」 堰を切ったように 「辛くて…」 止まらない 「悲しくて!」 「……私も、悲しいよ」 双識はそう言って顔を俯けた。 「え…?」 「とても……悲しい…」 伏せられた睫毛から垣間見える瞳に悲哀の色が浮かぶ。 「ど…どうして?」 「伊織ちゃんが幸せじゃないから。こんなにやつれてしまって、可哀相に…」 ソッ と頬を撫でて、寂しい声色で、泣きそうに眉を顰めて… 「……わ、わたし……」 先程のように、体が、震える。 とても、恐ろしかった。 この人を悲しませてしまった自分が、恐ろしかった… 「大好きだよ、伊織ちゃん…」 ギュウ と抱き締められた。 温かくて、大きくて、力強くて、また、涙が溢れた。 「だから……」 スウゥ―――… と色を無くしていく双識を、離すまいと、ギュッ と背中に腕を回した。 「幸せになって…」 「待って!双識さんっ!!!」 頬から、涙が零れた。 「お願い!行かないで!傍に……っ」 伸ばした先には見慣れた天井。 この柔らかな感触は、自分のベッド。 むくり と起き上がって、ボロボロ と零れる涙を拭った。 階下からは小さいけれど複数の声がする。 呼び寄せられるように、ふらふら と舞織は部屋を出た。 「あいつ、このまま死ぬかな」 ブラウン管からは相変わらず笑い声が聞こえていた。 ここから見えるのは人識くんの姿だけ、軋識さんは… とドアに手を添える。 と、テレビを見ていた人識と目が合う。 人識くんは悪戯な笑みを浮かべて、人差し指を口に当てた。 軋識さんが、突然に姿を現した。 ちょうど物があるところと重なって見えなかっただけらしい。 こちらに向かって歩いてくるので、慌てて階段まで戻って隠れる。 そうっと覗き見れば、両手に皿を持っているのが見えた。 どうやらこれから夕食の片付けに入るらしい。 「死なせてたまるか」 人識の先程の呟きに、幾分強い口調で軋識が言い放った。 「お、大将ってばスッテキー」 「茶化すなっちゃ、俺は本気で言ってるんだ」 「兄貴が残したモンだからか?」 「ンなの関係無いっちゃ」 俺の家で死なれたら寝覚めが悪いだけだっちゃ と言う言葉が、水道の音とガラスの擦れる音に混ざって聞こえてきた。 「ふうん…そういうモンかねえ…」 興味なさげにそう吐いて、人識が席を立つ。 軋識は皿洗いに苦戦しているようで、目線はシンクに注がれている。 人識はこの上ないという楽しそうな笑みを浮かべて、そろりそろりとリビングを出て、舞織のところへやって来た。 「人識くん、あの…」 「早く行け」 有無を言わさず背中を押されて、舞織は人識がやったように、そろりそろりと足音を忍ばせてリビングへと入った。 どうしたものかと迷った挙句、人識の座っていたところに腰を下ろす。 「…大体、アイツは一体何に悩んでるっちゃ」 軋識はスポンジを皿に当てて擦りながら、口を尖らせた。 人識だと思って会話をしているのだと、舞織は人識に助けを求める。 が、人識は先程のように口元に指を当てたままだ。 「レンの事を責めているのならお門違いも良いところっちゃ。レンはあそこで死ぬ運命だった、それだけだ」 「…」 「それとも、レンじゃないとダメだとでも言うっちゃか!」 「…」 「作る料理も、兄という存在も!俺や人識じゃあダメだとでも!?」 ぐしゃあ と力の限りスポンジを握り込む。 泡立っていくスポンジに反比例して、軋識は、ふう と力なく息を吐いた。 「……人識…舞織のソレ、食え。残ってても捨てるだけで勿体無いっちゃ」 ソレ と言われ、テーブルを見れば、カレーライス。 男の人の手ではそういった簡単なものを作るので精一杯だったんだろう。 元々一人暮らしをしていて、死ななければ良いと考えていそうな人だ、きっと毎日簡易食だったに違いない。 それでもそのカレーライスには、人参やらじゃが芋やらタマネギやらが、形ざっくばらんに沢山入っていた。 脇のスプーンを手に取る。 「人識、お前だって一品ぐらい作れるだろ?舞織に何か食べさせる方法を考えろっちゃ」 掬って、口に運ぶ。 じんわりとした苦味が、口内いっぱいに広がる。 「人識、聞いてる………うわ!」 ぱた…ぱたたっ… 堪え切れない。 唇をグッと噛んでみるも、拳にギリリと力を入れてみるも、瞬きしないよう努力してみるも、全てが無駄で ボロボロと、膝に乗せた拳の上に涙が落ちた。 「なっ!ま…っ!?…なんっ!………っ!!?」 「うえええええぇぇぇぇぇぇ…」 本格的に泣き出してしまった舞織に、軋識はいよいよ慌てふためいて、とりあえず手についた泡を洗い流して舞織に駆け寄った。 「なっ、何でお前がここに…人識は?…そもそも、何で泣いてるっちゃ!…そ、そんなに不味かったか?!」 「うあああああぁぁぁぁぁぁっ…っぐっ、ひっ うえええぇ…」 「ああもう、泣くなっちゃー!」 軋識の袖が舞織の頬に宛がわれて、ゴシゴシと擦られる。 夢現、双識が舞織の涙を拭ったのとは全然違い、乱暴で痛かったけれど、温かさは同じものだった。 「もう泣くな…」 「っうぐ…っく…うっ、うぇ…っ」 「舞織……泣くな…」 乱暴に腕を引かれて、抱き締められる。 やはり双識の優しい抱擁と違って、苦しかったけれど、それでも、とても、温かかった。 「…美味しくなかったです」 「ああそう」 居心地悪そうに、口を尖らせて、舞織はそっぽを向いた。 反対側のソファには、軋識と、ニヤニヤしている人識。 「じゃあ食わなきゃ良いだろ?俺、小腹が空いちゃってさ、ソレ、寄越せよ」 「…や、やです!これはわたしの!」 「不味いんだろう?」 「うぐ!」 「人識、からかうなっちゃ」 ったく… と頭を掻く軋識と、ヘイヘイ という生返事をして楽しそうに舞織を見つめる人識。 「…不味いのは悪かったと思うけどこれが精一杯で…」 「でも…美味しい…」 「どっちだっちゃ!」 「味は美味しくないんです!でも…っ、気持ちが篭っていて、ソレが美味しく感じるんです」 「ちょ、泣くな!!」 「泣いてません!!」 「じゃあその目から零れてんのは何だよ」 「…目、…」 「め?」 「目水ですう!」 「ぶふっ!」 「うなあー!!」 「人識!からかうなって言ったっちゃ!!」 ふるふると体を震わせて恥ずかしさに頬を染め、悔しさに涙を溜め、舞織は人識を睨んだ。 こんなに幼いのか と軋識は一人で眩暈を起こす。 「とっとにかく!!心が篭って美味しいにせよ!味は不味いんです!」 「確かにな」 「だったら食うなっちゃ!」 「だから!!」 バンッ と舞織が焦れったそうにテーブルを叩く。 「明日からは…私が……作ります」 「え?」 「この家の事も、零崎の事も、これからの事も、全部わたしに教えて下さい」 呆けた軋識、変わらず悪戯に、それでいて慈しむような優しい瞳の色をした人識。 舞織は、小さく息を吐いた。 「これから…宜しくお願いします」 そう言って、頭を下げた。 沈黙。 それから、ハア と聞こえてきた溜息に、じわり と熱くなる目頭を、舞織は、ソッ と指で押さえた。 「いつまで頭を下げてる気だっちゃ」 「え?」 バッ と顔を上げる。 上げた先には、困った風に笑う軋識と、楽しそうに微笑んだ人識。 それはどこか、双識を思わせるもので… 「また泣くー」 「だってぇーっ」 何だか、生きていける気がしたのでした。 ハロウィンの日限定で上げてたぱちぱち(台詞100題のNo.064)を広げたやつです。 |