ピアノの才能があると分かると家族は喜びび、両親は僕にピアノを買い与え、当然のようにレッスンを習い始めた。


きっと、僕がピアノに興味を示しただとか、これから心を開いていくんじゃないかとか、そんな期待があったんじゃないかと思う。

そして少なからず僕も……皆が持ってるキラキラしたものが手に入るんじゃないかなんて、淡い期待や幻想を。


だからピアノを続けた。縋るように続けているのかもしれない。


いつしか僕は、目も開けられないほどの脚光を浴びるようになった。

それでも僕の世界は暗かった。

虚数

熱を帯びるライト、目が眩むシャッター、割れんばかりの拍手。



「大丈夫かい?」



礼をして逃げるように舞台袖へ戻ると、長兄がやはり心配そうな顔をしていた。

大丈夫かと聞かれれば大丈夫というわけではないが、僕は黙って頷く。



「今日はちょっと調子が悪かったみたいだね、早めに帰ろうか」



隠したところで、結局のところばれていた。

僕が音で人の心情を理解するように、長年そばにいた長兄も音で僕を理解できるのかもしれない。


確かに今日はどこか調子がおかしくて、指先が先へ先へと急ぐように滑っていた。

未だ耳に残る大喝采も申し訳なくて、折角お金を払ってくれたのに僕は…――



「あ、そうだそうだ」



反省していると、長兄が近くの段ボール箱から何かを取りだしてきた。



「はい」

「!」



花束なんて今まで数え切れないほど貰ってきた。

おかげで長兄が園芸に目覚めてしまったほど、今では庭にも家の中にも花が溢れていて…


けれど、これは…



「……薔薇の…葉?」

「そうなんだよ、さっきスタッフの人から受け取ったんだけどね」

「……」



嫌がらせだろうか…なんて脳裏をよぎった言葉を読んだかのように、長兄が笑う。



「花には花言葉があるのを知ってるかい?」

「…うん」

「葉っぱにも花言葉があるんだよ」

「…これにもか?」

「そう、薔薇の葉には、希望ありとか…頑張れ、って意味があったと思うよ」

「…」



その言葉に少なからず驚いていたのだけれど、長兄は興味ないかなと笑う。



「大勢の人がたくさんの拍手を送ってくれるのは感動した、素敵だった、お疲れ様っていう表れだと思うけど、頑張れっていう応援も含まれているんだと私は思うよ」

「…希望あり、頑張れ…」

「もちろんそれを重荷に感じる必要はない。ただ、ちゃんと君を分かってくれている人が少なからず僕以外にもいるということだ」



それはとても幸せなことだよと、そう笑う兄の表情がとても幸せそうに見えて、僕は羨ましい思いに駆られた。