どこからともなく鈴の音でも聞こえてきそうな街並み。

行き交う人々は寒さに身を竦ませながらも、どこか幸せそうで…

present

木枯らしが吹いているのだろう。窓の外からは、時折枯れ葉が舞っているのが見えた。

先程眺めた家先では、通る人々がみな寒そうに体をちぢ込めていた。


そんな寒さとは無縁の室内。

その温かさはまるで家族から与えられる温もりのよう。



「……伊織ちゃん」

「はい、何でしょうかー」

「…ええと…いや、…何でもないよ」

「ふーん」



声は自分の後ろから聞こえてくる。

かといって遠くにいるわけではない、むしろ近く、とても近く、背中に熱を感じるほどに伊織は近くにいた。


双識は、伊織のいつもと変わりない様子に首を傾げながら、脇に山積みされた洗濯物を一枚一枚畳んでいく。



「……伊織ちゃんさ」

「はい?」

「何か良いことでもあった?」

「へ?」

「あ、いや、何も無いなら良いんだ」

「変な双識さんですねえ」



背中に熱を感じながら、双識は窓を見遣った。

今日一日、伊織がやたらと自分にくっついているような気がする。


気のせいだろうか…いや、でも…


朝、キッチンに立って朝食準備の手伝いをしてくれた。まあ、これはよくあること。

その後、リビングで一緒にテレビを見た。これも日常である。

昼、朝同様昼食の手伝いをしてくれた。もちろんこれだってよくしてくれることだ。

そしてさらにその後から現在に至るまで。

テレビを見、うたた寝をし、日が弱くなってきたと洗濯物をしまいこんで現在。



「………」



考えてみれば、そう特別なことではないような…?日常とそう変わらない。

それなのに心のどこかで何かが引っ掛かっている、何に違和感があるのだろうか…


考えど考えど特に閃くこともなく、双識は気のせいだろうかと軋識のパンツに手を伸ばした。

にしてもアスの下着の趣味はどうにかならないものか、人の趣味にどうこう言いたくはないけれど…

キャラクター絵のプリントされたパンツを広げ、息を吐く。



「そーうしきさん」

「ん、んん?なんだい?」

「人識くん、また新しいパンツ買ったみたいですよー」

「…またそんな変な柄を…」



いつの間に手伝いだしたのか、伊織の脇にもきちんと畳まれた服が積み重なっていた。

背中越しにひらりと見せられたのは、どこに売っていたのか独特の柄のパンツだった。



「ぷぷぷ、変とか言っちゃ可哀想ですよう、本人はおしゃれのつもりで…ぶふっ」

「ふふふ、伊織ちゃんの方が失礼だと思うんだけどねー」

「だあって〜!」



お洒落を頑張る人識を、生温かくもシビアな目で見守る伊織は、こうして人識の所有物に対しツボを押されることが多い。

笑いながら、触れているだけだった背中がこちらへ重心を預けてきた。

そう重くないその身を受け止めながら、いつまで経っても飽きずに噴き出しては笑う伊織につられて笑いを返しながら、双識は大分減った洗濯物へまた手を伸ばす。



「…」



そこでふと、唐突に胸の霧が晴れていくような気がした。



「ねえ伊織ちゃん」

「あはは…はは、は、はい?」



まだ笑いの止まっていなかった伊織は、目尻の涙を拭いながら振り返った。

手のうちの人識のパンツが皺だらけになっていくのを横目に見ながら、双識は口を開く。



「勘違いだったらごめんね、伊織ちゃん、今日やたらと私にくっついてないかい?」



そう、本当にくっついていたのだ。

側にというものではなく、密接するという意味で、寄り添っていたのだ。

普段ならば接触すら嫌がることさえあるというのに、ベタベタと言っても良いほどに身を寄せていた。


やっと晴れた疑問にすっきりした双識の問いに、伊織は目をぱちくりさせている。



「バレちゃいましたか」

「え?」

「いや、隠してるつもりはなかったんですけどね」

「?」



伊織の言葉が要領を得ないのはいつものこととして。

言葉の続きを促す。



「今日ってクリスマスイブですよね」

「うん」

「イブって家族と過ごすものなんだそうです」

「そうだね」

「ちなみにクリスマスは恋人と過ごすものらしいですけど」

「うん」

「わたしにとって…家族は双識さんで、いえ、人識くんたちも家族っちゃー家族ですけど……で、こ、…こ」

「こ?」



突然止まった言葉に、双識が続きを促すも伊織はぴたりと止まってしまった。

どうしたのかと体を動かそうとすると、動かないで下さい!と声を大に体を固定されてしまう。



「…察してほしいものですけどね」

「うん?」



唇を尖らせ、ボソボソと言いづらそうにする伊織に双識は眉を下げた。

何のことだろうか。



「つまりですね!今日と明日は、双識さんと過ごす予定なんです!拒否ならびに質問は認めません」

「………」

「分かったらさっさと洗濯物畳んで下さい」

「伊織ちゃ…」

「あーあーあー聞こえない聞こえない、今の話題に関する言葉は何も聞こえませんー」

「そんな子供みたいな…」

「どうせわたしは子供ですから」



子供の言い分のように聞かない伊織に、双識は諦め洗濯物を畳む作業へと戻る。

しばらくの間、黙々と洗濯物を畳んでいると伊織がふいに手を止めた。



「…ちなみに25日の夜はとっておきのクリスマスプレゼントがありますのでお楽しみに」

「え!?」



今なんて…そう問おうとしたところに、玄関のドアが開き、重い靴が地に落ちる音が響いた。

そしてすぐさま、リビングの戸が開き、鼻の頭を赤くした人識が部屋へと入ってきた。



「ただいまー、う〜っさっびーっ!」

「あ、お帰りなさいー」

「伊織ちゃ…」

「ふふふ人識くーん、わたし見ちゃったんですけどー」

「あ、なにを?」

「このパンツ柄はないと思いますよー」



伊織が皺くちゃになったパンツを掲げ、これ見よがしに笑ってみせると、人識は反対に眉を顰めた。



「てめ、こンの…!」

「ふふふふー、ぶふふふー!」

「変な笑い方すんな!てか返せ!俺の!」

「ふふふふー、返してほしいなら背伸びでも椅子を使うでもしてとり返したらどうですかー?」

「…息の根止めてから取り返す…!」



加減の知らない兄妹喧嘩が始まってしまい、双識はまたも断念を余儀なくされる。

自分の周りをぐるぐる回り始め、追い駆け合う二人を止める気にもなれず、双識は残り少なくなった洗濯物へと手を伸ばす。


膝の上に乗せ、畳みながら…



「…兄貴まで…何ニヤニヤ笑ってんだよ…」

「え!いや、違うよ人識!」

「まじでムカつくなおい!今日は飯いらねえ!!」

「ひ、人識ー!」



沸点を越えたのか、部屋を出ていく人識を双識は慌てて追っていく。

その様子を眺めながら、伊織は自分が元凶だということを忘れた顔で、握り締めたパンツに目をやり、噴き出した。