バタバタバタ!

二階からそんな音が聞こえてきたので、双識は、チラ と時計に目をやった。


7時15分…ばっちり寝坊だね、伊織ちゃん。

そんな事を考えて、口元を綻ばせる。


お弁当を包んで、キュ と締めたところで、バンッッ とドアが乱暴に開かれた。



「うなあ!遅刻ですよーっ」

「お早う、伊織ちゃん」

「お早うございますお兄ちゃん」

秘め事

「昨日、寝るの遅かったのかい?」



慌しく椅子に座ってテーブルに置かれたパンに齧り付く舞織に苦笑しつつ、声を掛けた。



「そんな事はないですよ、ただ、体育祭の練習で疲れてるみたいで」

「…ああ、…もうそんな時季なのかい?」



双識は、少々驚いた風な表情をし、壁に掛かったカレンダーに目を向ける。

舞織は、こくこく と頷きながら、パンを持った手とは逆の手でフォークを掴み、ザクリ とサラダにぶっ刺した。



「ですよ!頑張っちゃうから見に来て下さいねっ」

「勿論だよ。…ちなみに伊織ちゃん」

「なんれふふぁ?」

「女の子はブルマなのか…ぅぶっ!」



ニコニコ と笑って軽口で吐かれたその言葉に、舞織は軽蔑の眼差しと共に側にあったクッションを掴んで力の限りで投げた。



「変態」

「ありがとう」

「褒めてないですよ」



温かそうに湯気の出ているレモンティを一気に飲み干して、舞織は席を立った。



「ああっ、急がないと!」



双識に構っている場合ではない と舞織は洗面所へ駆けて行った。



「ふむ…アレは一種の照れ隠しなのかな?ああ、それともヤキモチかな」

「……どっちも違うと思うっちゃ」



うふふ と笑う双識に、いつからいたのか、コタツから顔も出さずに軋識が、ボソリ と答えた。



「じゃあ、行ってきますー」

「えっ!?ちょ、待って待って伊織ちゃん」



突如玄関先から声がして、双識は慌ててそちらへ足を向ける。


軋識だけが、やれやれ と小さく息を吐いた。



「?何ですかお兄ちゃん。わたし、急がないとちこ…く……しー…ちゃうんですけど」



段々と途切れ途切れに、声色は嫌そうなものへと変わっていく。


それもそのはず。

目の前にいる兄、双識は、ニコニコ と微笑みながら唇を差し出してきていたのだから。



「…タコの真似ですか凄いですよとても似ていますよもしかして前世がタコだったんじゃないかってぐらいそっくりですよそれじゃあわたしはこれで」

「い・お・りちゃん?」

「…っうなーっ!どうしてどうしていつもそんな真似をわたしがしなくちゃならないんですか!」

「コイビト同士だからかな?」

「真面目に返してくんな!」



キイィ と地団駄踏む舞織を気にも留めず、さぁさぁ と促してくる。



「…今日で最後ですからね」

「うんうん」

「ホントにホントに最後ですからね」

「早くしないと本当に遅刻しちゃうよ?」

「!もう…っ!」



誰のせいだ! と叫びたいのを我慢して、背の高い双識の為にと踵を上げて背伸びする。



「ん…っむ…っ」



舞織の為にと背を屈めた双識の唇に、ちゅ と重なる。

すぐさま離れようとする舞織の後頭部に手を添えて、いつもの如く更に深く貪った。


口を開けようとしない舞織に心の中で苦笑を漏らし、一度唇を離す。

舌でなぞるように唇を舐めれば、渋々といった感じに少しだけ口が開かれる。



「ふ…うっ んっ」



その隙を逃さずに、すかさず舌を差し込んで、逃げる舞織の舌と自分のソレとを絡める。

音を響かせ、存分に味わった後、名残惜しそうにして唇を離せば、ぐたり と舞織が凭れ掛かって来た。



「腰砕けになっちゃったかな?」

「……ッお兄ちゃんの馬鹿!」

「名残惜しいだろうけど続きは帰ってきてからね」



顎に手を添えて、上唇を食んでやると、カアァ と頬が赤く染まる。



「名残惜しくなんか…!」

「ほら、伊織ちゃん。時間時間!」

「えっ、あっ!…っうー!……行ってきます!!」

「行ってらっしゃい」



悔しそうに眉を寄せる舞織に双識は至極楽しそうに手を振り送り出した。






家が見えなくなった頃に漸く足取りを緩めて、駅へ向かいながら舞織は息を整える。




兄妹の関係でなくなってから随分経つが、最近漸く『双識』という人物が見えてきた と舞織は思う。


独占欲が強く、意外と甘えたがりで、ついでに言えば絶…いや、これはいいとして。

嫉妬深くて、やっぱり変態で…



知らなくて良い事を知ったし、できなくて良い事もやらされた。

それでもやっぱり好きで もっと知りたいとさえ思っている。



「はぁあ……困った人を好きになっちゃったなー」



舞織は空を見上げて、そう自嘲した。






その頃、家では――



「…あ、伊織ちゃんてばお弁当」



キッチンに置かれたままの弁当を手に取って、暫し思案。



「………うん、そうしよう、それが良い」



何を思い付いたのか、うふふ といつもの微笑を湛えて、双識は三人分の朝ご飯の支度に取り掛かった。