「ただいまぁ」

におい

「お帰り…って舞織、なに?」

「え、何がですか?」



バタン と玄関のドアを閉めたのと同時にトイレのドアを閉めたのは人識。

ローファーを脱いで舞織が横を通り過ぎる際、眉を顰めてしまうドギツイものを人識は感じた。



「何か、くせぇ…」

「ちょっ、酷いですよう!いつもちゃんとキレイに洗って…」

「違う。何か…キツイ臭いがする」

「…そんな臭いします?」



自分の腕に鼻を寄せてもちっとも分からず首を傾げる舞織。

ちょっと… 人識はそう言って、舞織の制服に身を寄せ、嗅覚に神経を研ぎ澄ます。



「…兄貴達のじゃねぇな。あんたのでもねぇ。…誰のだよ」

「え?誰のってそんな…」

「別に俺らは誰でも良いけどさ、兄貴、怒るんじゃねぇの?」

「…どっちのですか?」

「俺、今初めて兄貴に同情したかも」

「?」



その時、リビングに繋がるドアから軋識が顔を覗かせた。



「人識、舞織も。どうしたっちゃ?」

「軋識さん、…それが私にもさっぱり…」

「あー、大将。丁度良いや。ちょっとこっち来て舞織の匂い嗅いでくんね?」

「「は?」」

「良いから早く」



人識に急かされ、軋識は渋々舞織に近づいて…



「…っ!!舞織!!!そのキツイ臭いは何だっちゃ!鼻もげそう!それ、消えるまで入室禁止っちゃ!」

「っ軋識さんまで!酷いですよお」

「ばか大将。出るのは俺らだ。あと30分もしたらどうせそうなるんだから、今から出るぞ」

「え?」

「……それもそうっちゃね」

「ええ?!」

「まぁ、大体一日ってトコか」

「な、何がですか?」



ポン

舞織の肩に手を置く人識。


少し見上げるように舞織を見るその瞳は複雑に揺れていた。

哀れむように、臭むように。



「頑張れよ」



そのくぐもった声は、もう片方の手で鼻を摘んでいるからだ。

舞織は、眉を寄せて、抗議の声を上げる。



「だから何が…」

「用意できたっちゃ」

「んじゃ行くか」

「人識くん!軋識さん!」

「舞織、俺達はお前が嫌いになったわけじゃないっちゃ。だから泣くな」



よしよし と帽子を被った舞織の頭を撫でてやる。

やはりくぐもった声は、もう片方の手で鼻を摘んでいるからだ。



「これを泣かずに何を泣けば良いんですか!!嫌いじゃないならその手を離して下さいよう!」

「「それは無理」」



それじゃ、明日には帰ってくるから

と無情にもドアが閉まった。



「うぅ…」



一人残された舞織は、何が何だか。



今日はテストが返却された。

少し、ほんの少しだったけど、前より良い点数が取れた。

それは人識が勉強に付き合ってくれたからだ。


今日のお弁当はとても美味しかった。

朝寝坊をした双識の代わりに珍しく軋識が作ってくれたのだ。

中身は舞織の好物ばかりで、とてもとても美味しかった。



「人識くん、軋識さん…」



ぽたぽた

涙が零れた。



掠れた声に返事するものはいない。



泣いていても仕方ないと、涙を拭いて、舞織は立ち上がった。



『まぁ、大体一日ってトコか』



人識は確かにそう言ったのだ。



何が何だか分からないが、とにかく明日には帰ってくるのだ。

そして出て行ってしまった原因は、自分には分からないがドギツイ臭いなのだ。



あと一人。

もうじき帰ってくるだろう長兄だけには傍にいて欲しい。


臭いで出て行ってしまったのなら、その臭いを消してやれば良い。

なら話は早い。



『頑張れよ』



人識が鼻を摘んで言ったその台詞を思い出し、舞織は静かに頷いて、玄関を後にした。

タイムリミットまで後30分。




原作は賢い子ですよね。