泣く事を してはならない として生きてきた少女が

泣いた先にあるもの


それは…

人識はひたすら歩いていた。

殆ど早歩き、もう殆ど走っていた。


ザッ ザシュッ ブシュッ、ザクッ


風に乗って微かに聞こえていた音が段々と、大きくなる。

近づいている。



「まい、…お……」



ゴリッ グシュッ



「……り…」



ッヒュッ ブシュウッ!



「舞織」

「とめないで」



ヒュンッ ザッ



「お兄ちゃんの痛みは こんなものじゃなかった」



ブシュウウゥッ ドツッ



「やめさせないで」

「舞織」

「わたしの、悲しみも こんなものじゃなかった」



ガツッ ヒュッ…ン



「もう やめろ」



パシッ と乾いた音がした。

舞織が両手に構えるソレを払い落として、馬乗りになってるソレから立たせた。


カラン

刃先のボロボロになった赤色をしたソレが、地面へと落ちる。



「どうして」

「…え…?」

「どうして、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも」

「…」

「わたしの邪魔ばかり」

「…あんたのする事は後味が悪い」

「見に来なければ良い」

「これの後始末、誰がやると思ってるんだよ」

「教えてくれたら自分でやります」

「…舞織…」



少女は泣き過ぎた。

兄を慕い過ぎ、自分を許し過ぎた。


少女の構成が全て兄と化した時から崩壊は始まっていた。


兄が消えれば少女も消える。

存在ではない。

舞織という少女が である。



「いっそ…死ねたら 楽なのにな」

「…殺してくれるの?」



カチ と刃物を拾い上げると、舞織は嬉しそうに微笑んだ。



「…もう、今のあんたは舞織じゃねぇよ」

「うん」

「兄貴が、死ぬ事だけは許さない って言ったから、あんたは死ねずにいるんだろ?」

「うん」

「本当は死んで、兄貴のトコへ行きたいんだろ?」

「うん」



スッ と刃物を舞織の左胸に当てる。


押せば、終わる。


俺が、押せば



「……人識くん?」



カラン カランッ



手から刃物が零れ落ちて、舞織は不思議そうに首を傾げる。

そうして何もなくなった赤い掌を、赤い色した舞織の頬に添えた。



「…舞織」

「人識くん」



人識くん



今まで、何度そう呼ばれただろう…

その度に、嬉しいような焦れったいような、よく分からない感情に苛まれた。


兄に向けるその笑顔が、どれだけ俺を苦しめたか、幸せにしたか。



「…ごめんな」



俺にあんたは殺せない



ソレが少女の望みであっても、生きていて欲しい

この先、どうなってしまっても、息をしていて欲しい

俺を見る日が来なくても ずっと ずっと



俺は少女の涙を見ることなく、その場を立ち去った。

また背後で、ヒトだったものに刃物を突き立てる音を聞きながら。