「あっ、萌太くんですよ、師匠!」



ざりざりと地に足を擦って歩いていると、前から声が聞こえてきた。

ひりひりする耳を意識しないように延々と足もとばかり見つめていたせいで、上げた顔に注ぐ夕日がやけに眩しい。



「………ひ、姫姉…いー兄も…」



夕陽の向こうからやってきたのは、長い袖を押さえながら手を振る姫姉といー兄だった。



「明けましておめでとうですよー!萌太くん!」



僕は一瞬言葉をのどに詰まらせてから、煙草を口に銜えてから息と共に言葉を吐いた。



「おめでとうございます、姫姉。いー兄と初詣に行ってきたんですか?」

「はいっ」



オレンジ色の空に染められた着物に着られた格好で近くまでやってきた姫姉は、乱れた髪や袖を直している。

いつもと違う雰囲気は、その着物や髪飾りのせいだけではないはず。


上機嫌に笑うその手に、綿あめやらヨーヨーやらが引っ掛けられていたのが不意に目に入る。



「いー兄、明けましておめでとうございます」

「明けましておめでとう、萌太くん」

「絞られちゃいましたか」



姫姉の後ろからやってきたいー兄に苦笑いを送れば、薄っぺらくなってしまった財布を示された。



「まったくだよ、ぼくのお財布が新年早々泣いている」

「師匠、人質の悪いことを言わないでくださいよ!最初は姫ちゃんに奢らせようとしたくせにー!」

「ははは、噛みながら何を言ってるのかなこの子は。ぼくが年下に奢らせたりするわけないじゃないか」

「うひー」



頬を抓るいー兄と、それを嬉しそうに痛がる姫姉を見ながら僕は煙草の火をポケットから取り出した携帯灰皿で消した。

まったく、この人達は。


煙草の煙のようにもやもやと胸を埋め尽くす気持ちを必死で笑顔でごまかしても、目の前の光景は曇りすらしない。



「……あ、大変だ、ぼく洗濯物をしまい忘れていたから、先に戻るけど…姫ちゃんはここにいて良いからね」

「へ?ししょー!?」

「萌太くん、姫ちゃんおもちを買いに行きたいんだって、コンビニに付き合ってあげてくれないかな」

「えっ!?良いですよ萌太くんお仕事帰りですしお疲れだと」

「分かりました」

「え?えっ?」

「じゃあね」



余計な気を使ってくれるじゃないですか。


飄々とした様子で去っていく背中を睨んでいると、不意に袖を引かれた。

見下ろせば、鼻先を赤くした姫姉の姿。



「…あの」

「あ、ああ、すみません。行きましょうか」

「……お、おねがいします」

「そんなに構えられると何もできませんよ」

「なあっ!!」

「冗談です」



コンビニは、目と鼻の先。

それを感じさせないほどとろとろ歩く。

僕の一歩が姫姉の三歩。ひょいひょいと歩いて後ろを振り返り、それに気づいた姫姉が慌てて僕のそばまで駆け寄り、そしてまた。


僕は本日何度目かの煙草に火を付け、息を吐く。



「姫姉、足、痛いんですか?」

「いっ痛くなんてありませんよ痛くなんて!」

「……僕一人で買ってきましょうか?」

「ひっ姫ちゃんのおもちです!姫ちゃんが買いに行きます!」

「でもこれじゃ日が暮れますよ」

「〜〜〜〜っ」



履きなれない草履では、足が擦り向けて痛いのだろう。

親切心で言ったつもりなのだが、姫姉の中の何かに火を付けてしまったようで姫姉は歩みを止めようとはしない。


いつだってそうだ、よかれと思ったことがどうしてか姫姉を怒らせてしまう。


僕は吸い始めの煙草の火を消し、灰皿をポケットへしまった。



「じゃあせめて、少しでも歩きやすくなるように」

「え…」

「手を貸して、姫姉」

「い、嫌で…っ」

「あんまり拒絶ばっかりしないでくださいよ、僕だって傷つくんですよ」

「う、嘘ばっかり…」

「信用ないなあ」



指先までしんと冷えた手を取って、歩き出せば少しだけ手に重みが加わった。

僕は歩幅をうんと小さくして、姫姉に合わせてゆっくりと目の前のコンビニ目指して歩く。


きっとコンビニに入ったら思い切り離されてしまうだろうその手を忘れないように、僕は少しだけ力を込めた。