「は?」

嗚呼…

気まずい沈黙が流れる。

だがもう、後には引けない…



「あ、あの…っ…右手、そう、右手!!軋識さん右手使えないですからね!!か、片手だけで洗うのって大変そうだなと思いまして…!」

「…あ、ああ。そうだな」



舞織の声が震えているのが分かる。

曇りガラスの向こう側に見えるその姿は、見えもしないのに震えているようで、断る事なんてできなかった。



「じゃあ、頼むっちゃ」

「は、はい!」


* * *


「し、失礼します…」

「おう」



が、いざ入ってみると、先程の勢いはどこへやら、舞織は恥ずかしさに顔から火が出そうだった。



「じゃ、じゃあ、洗いますので…」

「?」

「さっさと風呂から出て背中向けて座って下さいよう!」

「ああ、そうか…悪いっちゃ」



ザバァ という音がする。

タオルを体に巻いたまま入り口に突っ立つ舞織は、ソレに気付いて頬を引き攣らせた。



「きっ、きしっ、軋識さ!前!!前!!!」



叫びたい気持ちを必死に抑え、何とか声を発した。



「え?あ、ああ」



ふるふる と指を指された先には、まぁソレがあったのだが。



「な、何でタオル巻いてないんですか!!」

「入るのは俺一人だったし」

「な、何でそんな冷静なんですか!」



舞織は顔を両手で覆ったまま、信じられない と毒づいてその場に蹲った。



「別にいつも見てるのに、何をそんな今更…」

「…いつもじゃないですよう」

「いつもじゃないにせよお世話になってるっちゃ」

「なっ!なってませんよ!!」



膝を抱えて蹲ってしまった舞織を他所に、軋識は小さく溜息を吐いて、脱衣所からタオルを引っ張ってきた。

ヒヤリ とした風邪が舞織に届いて、思わず肩が震えた。



「ほら、もう大丈夫っちゃ。さっさと洗って、お前も入れっちゃ」

「…え?」

「風邪引くし。ほら、早く立て」

「あ、はい」



舞織が立った事を確認してから、軋識は浴室に置かれていた椅子に腰を下ろした。



「……」

「……」



石鹸で充分に泡立てたタオルを、その広い背中に当てる。

痛くない程度に擦りつつ、舞織は何もされていないのに顔が赤くなっていくのを感じていた。


余分な肉のない引き締まった筋肉質な腕に、自分は夜な夜な抱かれているのだと思うと、煩いほどに心臓が早鐘を打った。

立ち膝をしたその太腿の間が、きゅう と苦しくなる気がして、舞織は艶めいた息を小さく吐いた。



「き、ししきさ、」

「何だっちゃ」

「前、も、…あ、らいますから…ちょっと、横にずれて下さい」

「ああ」



ドクンドクン と高鳴る心臓に、どれだけ自分がそれを待ち望んでいるのか、否が応にも思い知らされる。

なんてふしだらなのだろうと嘆く心と、早く触れて欲しいと疼く体に、涙が出そうだった。


前に回って、タオルの巻かれたそちらを意識しないようにしつつ、足の間に体を置いた。

そのいつも擦り寄っている逞しい胸板に泡立ったままのタオルを当てる。



「…おい」

「な、何ですか?」

「そんな顔するなっちゃ」

「…どんな顔してますか?」

「泣きそう」



そう苦笑して、涙を掬い取るように指が触れる。

そうすると、張り詰めていたものが、プツリ と切れて、本当に涙が零れてしまった。



「泣くなっちゃ」

「…ごめんなさいっ…わ、わたし…」

「ああ、言いたい事は全部分かってるっちゃ」

「…え?」

「言い出すのかと思ってちょっと待ってみただけっちゃ」

「!い、意地悪!!」



ぼろぼろ と溢れ出る涙が、頬に添えられたままの手を伝う。


同じ思いだった事への嬉しさと、バレていた事の恥ずかしさと、我慢が限界だという苦しさと、苦笑いのような笑顔に切なさと…

沢山の思いが涙となって零れた。


軋識が片手で舞織の体を起こした。

泡まみれのソコに横抱きにさせられて、恥ずかしさと、腰に当たるその主張への戸惑いとで、舞織は一層に涙を流した。



「もう意地悪はしないっちゃ」

「…ん」

「このまま泡でするのも気持ちが良いけど、折角だから湯船でするっちゃ」

「…そんな楽しそうに言わないで下さいよ」



濡れた手で髪を撫でられて微笑まれて、思わず笑いが零れた。


満足そうに笑う軋識の唇が、そっと舞織に触れた。