草木も眠る丑三時、喉の渇きを覚えて部屋を出た。


冷蔵庫にあった缶ビールを二、三本取って冷蔵庫を閉める。


茹だるような熱帯夜に眠気も素っ飛んでしまったようで。

軋識は仕方なくソファに体を預け、ビールに口を付けながらテレビを点けた。


クーラーが利き始めれば、再び、睡魔が襲いかかってきた。

酔っ払いにご用心

「…ん……」



それから数十分も経ってないだろう。

不意に体に重みを感じて、意識が浮上する。


ゆっくりと目を開けると、舞織がきょとんとした瞳で俺を覗きこんでいた。

その顔が、みるみるうちに歪んで、笑顔になる。

瞬間、にへらあっ と破顔した。



「きゃははははははははっ!」

「―――ッッッ!!?」



その笑いに見合った高い声で舞織は爆笑し出す。

軋識は驚いて寝転がしていた半身を起こした。


そこで漸く舞織が自分に跨っている事に気付く。



「きししきさん きししきさん きししきさあん きしし…むぐっ」



掌で口を塞ぐ。

人差し指を自身の口元に当てると、舞織は、こくこく と頷いた。


手を退かすと、舞織も同じように人差し指を口に当てた。



「しぃ、ですね」



うふふ と笑ってみせる舞織は、酷く幼く、そして愛らしかった。



「…コイツ、飲みやがった…」



ちら とテーブルを見遣れば、手を付けていなかったハズの三本目の缶ビールの口が開いていた。

興味本位で煽ったとしか考えられない。



「まいお、うおっ」

「んふ、きししきさんっ」



跨ったままの舞織は嬉しそうに軋識の首に腕を回した。

そのまま体重を乗せて来る。


咄嗟の事に反応が遅れ、舞織に押し倒されてしまう。



「きししきさん、ちゅー」

「んっ?ぐっ」



ガツッ という音がした。

いや、実際はしていないけれど。

重なる瞬間、歯が当たった擬音だとして欲しい。


舞織の唇を重ねてくるなんて露にも思わなかった。


舞織の舌が軋識の口をなぞる。


口を開くと、ぬるりと生温かい舞織の舌が軋識のソレに絡んだ。

鉄の味が口内に広がる。



「ん、んんっ。ふ、っ、ぅ…ッ」



頬に手を添え、わざとらしいほどに水音をさせて積極的に求めてくる舞織に、軋識はどうしたものかと、腰に回しかけた手を宙に彷徨わせていた。



「…やだ?」



不意に口が離れる。

見下ろす舞織の瞳が、じわじわ と潤んでゆく。



「まさか」



腹筋よろしく起き上がって、舞織の腰と顎に手を添える。

唇の端から、ジワリ と赤い血が滲んでいた。


先程の鉄の味は自身の血ではなく舞織の物だったのだ。

詫びる気持ちでソコに舌を這わせる。



「ぅ…ふっ。くすぐった、んっ…」



肩を竦め身を捩る舞織を、逃がすほど軋識は優しくもなく、理性も強くなかった。

その舌は唇の形をなぞり、そのまま口内へと差し込まれる。



「…んんぅ…っ」



先程の舞織の拙いソレとは違い、的確に舞織を追い詰めていった。



「…ふ、はぁ…っ…うぅ…くるし…」



あっという間に力を失い、くたりと体を預けてくる舞織の髪を撫でれば、その顔が軋識の方を向く。

朱色の頬は、酒のせいか自分のせいか。


どちらにせよ、このまま終われそうもない事に違いはなかった。



「俺の部屋、来いっちゃ」

「…ん、っ…ぇ?」



そこかしこに唇を落とし、その合間に、ひそり と声を落とした。

途端、舞織がバッと体を飛び退かせてソファの反対端へと体を預けた。



「…い、いや」



酔いが醒めてしまったのか、赤かった顔が今度は青くなっている。

まぁ酒は一本飲み切ったのではないだろうから、簡単に醒めてしまったのかも知れない。


…いや、そうでもないのか。


今の行動は条件反射だったらしく、動くだけの力は残っていないらしい。

ソファに寄り掛かって、頬に手を当てている。



「良いから。行くっちゃ」

「……」

「…どうせここにいたってレンに見つかって怒られるだけっちゃ」

「おきてくるとはかぎりません」

「…レンは夜中に必ず一回起きてくるっちゃ」

「そうなんですか…?」

「だから、ほら」



そう言って、舞織の方へ体を向けると、舞織は疑るような視線を向けてきた。



「明日、二日酔いで頭痛が酷いだろうな」

「え…」

「飲んだ事無いから少量でも割れるような痛みが来るかも」

「…」

「少しは楽に出きる方法が無くはな」

「い、行きますよう」



くそう と小さく呟く舞織に、言葉遣いが悪いと嗜めて立ち上がれば。



「えへ、だっこしてください」



起き上がれないとのたまった。