「ししょーししょー!」

「………おはよう姫ちゃん今何時だと思ってるのかな」

「今は朝の五時ですねおはようございますししょー!」

「はいおはよう、そしておやすみ」

「寝ないでー!ししょー寝ないでくださいー!せめてひめちゃんのこの感激を聞いてから寝て下さい!」

「感激?」

サンタクロース

冬の、朝五時。

とても寒い、そして暗い。

この時間から活動を開始しなくてはならない人には酷く同情するけれど、ぼくは同じ苦しみを味わうことはできない。

なぜならぼくは睡眠をとることが趣味と化しており、眠れるだけ眠っていたいと思っている人間だからである。

アパート内でも、部屋から出てくるのは昼を回った頃だし、午前中に出て行こうものなら皆がどうしたと騒ぎ立てるほど。

それなのに、この子ときたら、ぼくの唯一の楽しみを見事に邪魔してくれたわけである。


どれだけ息吐いても、布団に包まっても出て行こうとしない姫ちゃんに観念し、ぼくは布団から起き上がった。

冷えた空気に頭が覚醒していくような、いや、麻痺していくような感覚に陥りながら、白い息を眺めた。



「で、何に感激したって?」

「ふっふっふー!聞いて驚いて見て笑って触って感激して下さい!」

「?」

「じゃらーん!!」

「…旅行にでも行くの?」



効果音に突っ込みを入れたところで、返事は返ってこない。

姫ちゃんの細い手の上に乗っかったその箱を見ながら、ぼくは首を傾げた。



「人の生首でも入ってるの?」

「こっ怖いこと言わないで下さいよー!開けられなくなっちゃうじゃないですか!」

「いやいや、まずは大きさからして無理だろって突っ込みを期待してだな…まあ、姫ちゃんの頭ぐらいなら入りそうだけども」

「いやあああ!!」



そう言うぼくに本気で怖がりだし、大事に持っていた箱を放り捨てた姫ちゃんに、ぼくはごめんごめんと謝罪する。

こんなに怖がるとは思わなかった。


まあでも、怯える姫ちゃんを見て、とりあえずぼくは起こされた復讐を果たせたことにする。



「冗談だよ、で、これ、どうしたの?」

「…うう…ま、枕元にあったんですけど…サ、サンタさんかなって…おもっ…」

「………」



ちょっと怯えすぎだろ。

もう箱に触ることもせずぷるぷるしている姫ちゃんを横目に、ぼくは箱に手を伸ばした。



「ああああ、ししょー!食べられちゃいますよー!!」

「………」



ぼくの弟子は随分と妄想力が逞しい。

頭の中で何がどうなったのか、食人箱にでもなっているのか、ぼくが箱に触ろうとするのを全力で止めに掛かる姫ちゃんに溜息を吐いた。



「大丈夫だよ姫ちゃん、ぼくを誰だと思ってるんだ?」

「……狡賢いししょう…」

「お前、そんな風に思ってたのか…」

「ううううそれすうう」



もちもちのほっぺをぎゅうぎゅう引っ張ってみる。

うまく喋れないようで、わたわたする様が面白い。



「良いかい姫ちゃん、ぼくはね、君にとってのサンタクロースなんだよ」

「……ひめちゃん、もうそんなもの信じてる年じゃないですよ」



じゃあさっきの興奮は何だったんだよ!

突っ込みたい気持ちをぐっと抑えて話を続ける。



「ま、疑うのも無理はないよね」

「……」

「姫ちゃん、今日は補修だね」

「な、なぜそれを!」

「ふふふ、ぼくがサンタクロースだからだよ、分からないことなんて何もない」

「じゃ、じゃあ、姫ちゃんのほしいもの、分かりますか!」

「…ま、まあね」

「!」



クリスマスも過ぎたというのに、少女は制服で、その少女の頭脳は言っちゃ悪いが低いもので。

とくればまあ補修かなと思っただけのことである。


子荻ちゃんも大変だなあ…


不出来な後輩に苦労する先輩に同情しつつ、ぼくはその不出来な、ぼくの弟子でもある少女を見遣る。


単純かつ純粋な姫ちゃんは、すっかり信じてしまったらしい。

きらきら光る目に、ぼくは少しの罪悪感を覚えた。ま、こういう素直なところは大変良いところである。可愛げがあるというものだ。



「…きょ、今日は、一緒にご飯を食べようか」

「嬉しいお誘いですけど、姫ちゃんもう行かなくちゃです」

「随分早いね」

「はい、補修しきれないので朝からがんばるですよー」

「そう、頑張ってね」

「プレゼントを楽しみに頑張ります!」

「ん…?」



今なにか聞こえたかな。

妖精さんのお喋りかな。


にこにこしながら、姫ちゃんは立ち上がる。



「あ、この箱どうするの?」

「ししょーにあげます!ひめちゃん怖いので、処分しちゃって下さい!」

「処分て…」

「今日は八時までには帰りますですよー!」

「はいはい、気をつけてね」

「行ってきます!」



元気よく部屋を出て行った姫ちゃんは、古びれたアパート中に嬉しさを伝えながら学校へと向かっていった。



「………はあ、何かプレゼント買いに行かなくちゃな」



その前にもう一眠り…と思ったところで、視界の端に箱が映った。

紙包みにリボン、綺麗で丁寧なラッピング



「…ほんとに何が入ってるんだ?」



開けるのは失礼かとも思ったが、任せると言われた以上姫ちゃんに開ける気はないだろうし。

ぼくはリボンを解いて箱を開けた。



「……………………あー…」



正直、何も言葉が出なかった。


これは

これはまずいよ、ぼく。


箱の中から出てきたのは、水玉模様のリボンだった。

水玉、しかもこの色合いは……



「……………見なかったことにしよう」



ぼくはそう決めた。

蓋をし、同じようにラッピングを戻していき、部屋の奥へとしまった。


と、そこへドアをノックする音が。



「いー兄、ちょっといいですか?」

「もっ萌太くん!?」



何というタイミングだろうか。

ぼくの心臓は正直すぎるほど早鐘を打っている、バレやしないだろうかヒヤヒヤしながら、ドアを開けた。



「朝早くにすみません」

「い、いや、いいよ…何の用かな」

「…さっき、姫姉の楽しそうな足音が聞こえて、な、何があったのかなって…」



美少年が照れた顔をすると、男のぼくが意識してしまうほど可愛らしいことを知った。

事情を知っているせいで、三割り増し、可愛く、かつ申し訳なさがこみ上げてくる。



「ええと…何か枕元にプレゼントがって…」

「!よ、喜んでくれてましたか!?」

「ん…っと…そ、そうだね。足音を聞いての通りだよ」

「……そっかあ…」



ふふと一人嬉しそうに幸せを噛み締める萌太くん、ぼくは溢れてきそうになる涙を噛み締めた。

ごめん、必ず姫ちゃんに渡すからね、ごめん萌太くん!

そう誓いながら、ぼくはドアを広く開けた。



「良かったら、入っていく?」



箱は片付け済みだ、人を入れても問題ない。



「あ、いえ…これからバイトがあるので…」

「萌太くんも、早いね」

「ちょっと最近大きな出費があって…それでバイト増やしたんです」

「!!!!!!」



ぼくはその言葉に、どれだけ大きな衝撃を受けたことだろうか。

ぼくはがしっと萌太くんの手を取った。



「!いー兄?」

「萌太くん!!今晩はぼくは夕食を奢ってあげるよ!」

「えっ良いんですか?」

「勿論崩子ちゃんの分もね!」

「うわあ、助かります!…でも、どうして?」

「な、なんてたって昨日はクリスマスだし!」



我ながら苦しい言い訳である。

けれど本当に詰まっているらしい萌太くんは、いー兄はぼくらにとってのサンタクロースですねと嬉しそうに笑っていた。



「じゃあ、今日は急いで帰りますね」

「う、うん」

「行ってきます」

「いってらっしゃい」



嬉しそうなつなぎ姿を見送って、ぼくはドアを閉める。

寒さのためか異様に冴える思考をフル回転。


あのプレゼントは姫ちゃんに必ず渡そう。

そうだな、サンタ同士の交流みたいなのがあって渡してくれって頼まれたでいけるだろうか、いけるか、姫ちゃんだし。

それから四人分の食事代を何とかしなくてはいけない。

恐らく姫ちゃんも食べていくだろう、そして萌太くんと崩子ちゃんは空腹のため多く食べる可能性がある。

あ、姫ちゃんのプレゼントもあるのか!



「………………とりあえずは寝よう」



ぼくは一通り考えたところで、布団へと潜った。

少し冷えてしまった布団の中に蹲りながら、二人の笑顔を思い出し、何となく幸せな気分に浸ったのだった。


起きてからきっと恐ろしく気まずい雰囲気の中に立たされるだろうことに、蓋をして見ぬふりをする。


ていうか萌太くん、不法侵入罪じゃねえか。

恋とは周りが見えなくなるものだけれど、常識は大事だよね。崩子ちゃんにそれとなく伝えておこう。


そうしてぼくは今度こそ、眠りについたのだった。