それは例えば、愛しいと思う時

愛しいとは何かと問われれば、人に対する熱い思いが絶えず心を支配している様子だ と辞書の言葉が浮かべど

具体的にさぁどうぞと言われると言葉に詰まる。


愛なんてきっとそんなものだと、悟った気で分かったつもりで、ぼくらは生きている。

炸裂

布団から覗くその髪をソッと撫でた。

瞬間、ぴくと体が動いたので、手を退ける。


退けないと、その大きな瞳が、ぼくを映す大きな瞳が、ぼくを映せずにいるだろうから……



「起きた?」



それはまるでキラキラと光り輝く瞬間

水面が光の反射で煌くような、そんな瞬間


世界が花で満ちるような、花粉症の人は迷惑極まった幸



「……?どうしたの?」



と思ったら、そうでもなかった。

目覚めた姫ちゃんは、目を開けたと同時にぼくの姿を見るや否や、がば と布団に潜り込んでしまったので。


ぼくは煌くその瞬間を、世界が花で満ちるその瞬間を、拝めずに終わった。



「どうしたの、姫ちゃん?」

「……うぅ…」

「ひーめーちゃーん?」



小さな小さな、それこそちょっと捻れば、力を加えればいとも容易く瞑れてしまいそうなその頭を

ふわふわ撫でていても、布団に潜ってしまった彼女は一向に出てこない。


漸く聞こえた声も、いつも明るい声なんかじゃなくて、呻くような掠れた声。

尤も、掠れていたのはぼくのせいのようなものだろうけど…

何て…考えたらちょっとだけニヤッと口角が上がってしまったので、ぼくは慌てて口を横一文字に引き締めた。



「…ししょー」

「ん?」

「姫ちゃんは…恥ずかしさ炸裂です」

「…炸裂か…」

「…です よぅ…炸裂に猛烈に爆裂に恥ずかしいです…あうぅ…」



まぁ、つまりは恥ずかしがってるんだよね…?

…………何に?



「…そのご様子じゃ分かってないようですね」

「ああ、うん。分かってないとよく分かったね」

「?」

「いや、続けて、どうぞ」

「…そんなししょーに姫ちゃんは助け舟を出してあげたい気持ち炸裂ですが……………」



布団から、チラ と目だけこちらに寄越す。

僅かに見える頬は、うっすらと赤い。



「やっぱり炸裂!」

「?」



ひゃうう! とよく分からない奇声を発して、姫ちゃんはまた布団に潜り込んでしまった。



困った…

ぼくとしては息付く間も無く眠ってしまった姫ちゃんと、零崎が自慢げに語ってみせた情事後の余韻とやらを味わってみたかったのだけれど…


チクショウ、次に会う時は絶対に自慢してやろうと心に決めていたのに。



「ねぇ、姫ちゃん」

「……」

「何が恥ずかしいのかぼくには分からないけど、とりあえず顔を見せて欲しい…な?」

「……姫ちゃんの顔を見てどうしようってんですか」

「え?」



どうもこうもないんだけどな…


何を警戒してるのか、姫ちゃんは尖らせた声だけをぼくに聞かせて、まるで焦らすように焦らすように…



「どうもしないよ、ただ今日一番に見る人は姫ちゃんが良いなって思っただけだよ」

「…本当ですか?」

「ぼくは弟子には嘘をつかない主義なんだよ」

「潤さんは…戯言遣いは七匹の子ヤギと狼、その中の狼のようだって……姫ちゃんを…食べたりしませんか?」

「は?」



いや、食べたりっていうか、既にご馳走様っていうか、お代わりオッケーなんですか?っていうか…



「姫ちゃんを見て」



あ、



「笑ったり」



やばい



「バカにしたり」



これは、



「呆れたり」



相当



「しません………か…?」



やばい ってば…



「……ししょー?」



姫ちゃんはまだ答えを聞いてませんよ とか、苦しい とか、炸裂! とか

ぴよぴよ喚く姫ちゃんの言葉を無視して、ぼくはその小さな小さな体を、包まれた布団ごと抱き寄せた。



「…ねぇ、姫ちゃん」

「…はい」

「呼んで」

「はい?」

「ぼくを 呼んで」

「…?ししょう…」

「違う」



ずうっと前に、ずうっと前に、教えたでしょ?



一度だけ、ぼくの名前を


本当のぼくを


「……     」

「うん…」



ぽつりと零したその言葉はぼくらだけにしか聞こえない。





「ところで姫ちゃん」

「何ですかししょー」

「結局、何が恥ずかしさ炸裂だったの?」

「…!」

「ねぇ」

「……うぅー」

「笑わない、バカにしない、呆れないよ」

「……ししょーが…」



ぽふん と姫ちゃんは小柄な体で、大きな布団を見事にベランダに干してみせた。

ぼくらはベッドメイキング…の逆の真っ最中だった。


とことこと室内に入り、姫ちゃんは言いづらそうに言葉を落とす。



「ししょーが…はだか、だったから…」

「……え?」

「っは、はだか、上を着てなくて!ちょく し…でき……っっっひぎゃー!!!」



姫ちゃんはソレに耐えられなくなったようで、ぶわ と大粒の涙を零して顔を真っ赤にして奇声を発して、部屋を飛び出してしまった。

バタバタバタ!!ゴンンッ!バタバタバタ! とドップラー効果宜しく音が遠ざかっていくのを聞きながら、ぼくはベッドに倒れ込んだ。



「参った…!」



今更過ぎるだろ…!