ぱらり ぱらり


外の雨は窓越しに


耳には、紙が捲られていく音が、延々と…

そう、延々と …  ?

ぷりーず

「ぷりーず…」



掠れるような消え入るような、不安と心配と心細さと気恥ずかしさを含めた、そんな、小さな小さな声が、ぼそり と聞こえた。

ぼくはハッとして思考を一時中断し、教科書の字を目で追った。



「そう、pleaseね。…please give me chocolateって言うでしょ?チョコくださいって意味。お願い事をする時に使うと良いよ」



ぷりーず と完璧なまでの日本語発音で発した姫ちゃんはぼくの瞳を真剣に見つめ、理解する。

必死に頷いて、必死に字を並べる。


必死に 必死に



「……ししょお…」



please おねがい と書かれたノート。

端っこにはチョコレートの絵。



「んー?」



姫ちゃんが、ぼくの瞳を見つめる。

穴が開くほど、逸らせないほどに



「ぷりーず、…らいく みー?」



時間が止まる。

イヤ、馬鹿言っちゃいけない。


時間はぼくらの都合で止まる事はないし、タイムイズマネー、時は金なりだ。



「さて、次の単元にいこうか」

「…はい」



淡々と、無かった事のようにスルーされては、流石の姫ちゃんも落ち込むらしい。

小さな体をより小さく見せて、しゅん となっていた。


が、教科書が捲くられた事に、どうやら気持ちを切り替えたらしい姫ちゃんは慌ててペンを握った。

てっぺんに兎の頭部が付いた、使い勝手の悪そうなペンシル。


ぼくがあげた兎の…


ぼくが …  ?



「師匠?」



ピタリ と動きを停止してしまったぼくを、姫ちゃんは不思議そうに覗き込んだ。



「姫ちゃん」

「は、はい」

「文法がしゃんとなったら聞いてあげる」

「……え?」



意味も分からず 言葉も分からず 姫ちゃんはぱちくりと瞳を瞬かせる。



「だから頑張ろうね」

「…?…はい」



文法がしゃんとなったら、聞いてあげるよ

君の言葉も 君の願いも


だから、早く、理解して



理解 して


言葉を


気持ちを


早く


早く



「じゃあ、ここ」

「はい」

「単語を読んで、意味を言って」

「ええと…ワーク!歩く!!」

「それはウォーク。ワークは働くね」

「了解ですですっ…んと、シー!見る!!」

「もうちょっと発音良くしようね。ソレは海」

「はぁい」



前途多難 だ



まぁ… 戯言、だけれどね…