ふわふわふわふわ



「ひーとしーきくーん!はーやくーっ」



ああ、危なっかしい

ひだまりのうた

本日は晴天なり。

お日柄も良く、どっか行こうぜと、気の向いた風を装って舞織を外に連れ出した。


今日は四月二十三日だよな と何度確認したか知れやしない、一体どれだけ前から構えていたか知れやしない。

神はそんな人識をほくそ笑むように、本日という日を快晴にしてみせた。


カッ、カツッ、カッ


ちょっと遠出を、と電車を乗り継いで、人通りの多い街に繰り出した。


電車の中、舞織は、下ろし立てのワンピースと買ったばかりのミュールを何度も見つめては微笑んで、

似合いますか?と何度も何度も人識に問い掛けた。


けれど、可愛い だなんて言ってやれるはずもなく、少しクセをつけて整えられた髪をぐしゃりと撫でるだけの返答をした。

それでも舞織には十分伝わっているようで、嬉しそうに目を細めていた。



「舞織、走んなよ」



カッ、カツッ、カッ


舞織が新しく買ったミュールというのが、そんな鋭利な音を立て、地にノックさせて空に音を響かせていた。

人混みの隙間を縫うように歩く舞織を見失わないように追い掛けるものの、最早手掛かりはミュールの音のみだった。



「走ってませんよーう、人識くんが遅いだけですー」



そんな声が人混みの中から聞こえる。

人識は眉を顰め、あまり背の高くない自分を、そして背の低い舞織を恨んだ。


ああもう、慣れない事なんかするもんじゃないな と。

人混みを掻き分けながら、後悔した。


感の鋭い舞織は、もしかしたらもう気付いているのかも知れない。

今日という日、それから俺の目論見に。


だとすればとんだ道化である。

今更計画の変更が利くはずもないが、恥ずかしさでいっぱいいっぱいである。


そんな事をぐるぐる考えていると、ふと人混みが割れて、広い大通りに出た。

見渡して、十字路の脇の店に、見覚えのあるワンピースを見つける。



「あ、人識くーん!遅いですよーう」



大きく手を振って。


やはり、予想は的中して、見覚えのあるワンピースを履いた少女は舞織だった。

小ぢんまりとした雑貨屋の入り口で何かを見つめていたらしい舞織は、人識の姿を目に留めて体をこちらに向けた。


舞織の声に共鳴するように、一陣の風が人識の追い風に、舞織にとっては向かい風となって吹き抜けた。



「わわっ」



突風に煽られるように二、三歩よろめいて体勢を崩す舞織に駆け寄って、細い腕を掴んで引き寄せる。


倒れずに済んだ事にソッと息吐いて、ゆっくりと体を離す。



「お前なぁ…」

「ありがとうございますー」



そんなひょろい足で、ンな踵の高いミュールなんか履くなっつの


そんな言葉を無理矢理飲み込まされて、人識は消化不良に眉を顰めた。

が、舞織はそんな事お構い無しに、意識はもう別の方へと逸れてしまっていた。



「あのねあのね、人識くんっコレ!すっごく可愛いと思いませんか!?」



先程見つめていたものだろうか。

店頭に飾られたショウウィンドウの向こうのものを指差して、舞織が同意を求める。


もう風に飛ばされてしまわないようにと細腰に腕を回し、それから背を屈めて舞織と同じ目線になる。

ショウウィンドウの向こうを見遣れば、トップにハートのガラス玉が付いた指輪が置かれてあった。



「……」

「あ、今ちゃちいとか思ったでしょう」

「いや、別に…ンな事言ってねえだろ」

「顔が言ってますー」



ぷー と小さい子のように頬を膨らませる舞織に苦笑して、体を元の体勢に戻す。

舞織は自分の腰に回った腕を解いて、それを自分の手に絡めた。



「ささ、時間も時間ですし、混む前にお昼と行きましょうか!」

「ん?これ、いらねえのか?」

「へ?」



うっとりと見つめていた瞳はどこへやら、お昼のメニューに瞳を輝かす舞織に苦笑しながら、人識はウィンドウを指差した。

驚きに目を丸くする舞織の手を取って、店の中へ入るよう促した。



「欲しいんだろ?入ろうぜ」

「え、でも…わたし今手持ちが…」

「ンな、あほか…買ってやるつってんだよ」

「ええ!?ほ、ホントですか!?」

「おう。…ちなみに今の手持ちはいくらよ」

「……三百五十円…」

「ドッ貧乏ー!」

「う、うなー!」



二人してじゃれるように笑い合っていると、後ろを通り掛かったカップルがじろりと一瞥していった。

そんな視線に気恥ずかしさを覚えながら、人識は、こほん と一つわざとらしい咳を零す。


ゆっくりと左手を持ち上げる人識を、舞織は不思議そうに見つめていた。



「ここ」

「へ?」

「ここにしろよな」



そう言って、ああ、どうしたらこんな細くなんだよ と思いながら左の薬指に触れる。

さてどんな反応をされる事やら、期待と不安に少しだけ、動悸が速まった。



「……」



予想外。

赤面されてしまった。



「舞織ー?」

「……」

「舞織さーん?」

「……」

「舞織ちゃーん?」

「……」

「隙アリ?」

「ぅぶっ!」

「ぶはっ!うぶだって!かはははっ!」



呼んでも呼んでも返答が無かったので、試しに首を傾いで体を屈めて口付けてみた。

口付けに発せられた奇声に思わず吹き出す人識に、舞織はやっとこ正気を取り戻したのかわなわなと唇を噛み締めていた。



「な、何なんですか全くー!冗談なら冗談と…!」

「ハッ冗談でンな事言うかよ」

「うぇ?」

「俺は至って本気だぜ?」

「う、うな…」

「ほら、…返事、聞かせろよ」



納まらない笑いを噛み殺しながら、人識は、後退る舞織を逃げないように腰に両手を回して捕獲した。


熱そうに顔を染めるその体温は今どんぐらいなんだろう…

なんてそんな好奇心を胸に、そっと額に額をくっつける。



「……ひ、ひとしき、く」

「ンだよ」

「ここは、ひとどおりの、おおいところです」

「そうだな」

「はずかしい、です」

「お前がさっさと返事しないからだろー」

「ううう」



手で顔を隠したいんだろうな とか 今すぐお得意の奇声を発して全力疾走で逃げ出したいんだろうな とか。

分かっても、分かってても、分かってるからこそ。

逃がしてやれない。


恥ずかしがる理由などどこにあるかともう一度口付ける。

外国じゃ、こんなん、挨拶代わりなんだぜ?とでも言いたげに。



「っ、ひ、ひとし、きく…」

「んー?」

「ありがとう!うれしい!ぜひ左手に付けさせて頂きます!!だから離して!!」

「ん」



もう爆発寸前なのか、ふるふると震える舞織に、少々やり過ぎたかと内心で反省。

返答も聞けたし、と素直に腰に回す手の力を緩めてやった。


途端。



「うなああああぁぁぁぁあぁぁ!!!!!」



期待を裏切らず、舞織は絶叫しながら全力疾走、人識の前から姿を消してしまった。



「かはははっ」



傍にいて退屈しないヤツだな と。

人識は堪え切れぬ笑いと共に店内へと足を踏み入れた。


これを買ったら、久しぶりに俺も全力疾走してやろう。

きっとそこらでずっこけて起き上がるに起き上がれない舞織に手を差し伸べて。


今度は逃がしてやらない。

どんなに泣いても叫んでも赤くなっても。


今日は四月二十三日だから。

お日柄も良く、快晴だから。


君の事が大好きだから。



「愛してるぜー、舞織ー」



だからずっと、傍にいて。




まいおりーん、はーぴばー。