「…あっ」

「え?」



唐突に上から声がして、俺は顔を上げた。

トイレのすぐ傍、二階へと繋がる階段のところ、舞織が立っていた。


その顔は、心なしか赤い。


…何で?

恥ずかしい

可愛らしく頬を染められて、何もせずにいられる自信は皆無。

かといって、襲うだなんてその場の勢いに任せた野な行動に出るつもりもない。

俺は、体が欲しいんじゃない、…いや、欲しいけど、そうじゃなくて心が欲しいので。


そんなわけで、俺は頬を赤くする舞織をなるべく見ないようにして、何事も無かったかのようにリビングへと足を向けた。



「…あ…っ、まっ、待って下さいっ!」

「…え?」



俺としては待ちたくはなかった。

けれど、待てと言われたら、 ―しかもその相手は舞織― 待つしかない。


平常を装って、振り返る。


舞織は人識が自分の方へと振り返るのを確認してから、慌てて階段を駆け下りてきた。

最後の方は段抜かしで降りてきたけれど、スカートが翻る事も転んでスカートの中が見える事もなかった。

…ちょっと残念。

まぁ尤も、翻るほど舞織のスカートは長くないので、盛大に転びでもしない限りパンツを拝もうだなんて無理な話だった。



…ていうか顔、あっか!


今の階段で息を切らせたわけではないだろう。

そもそも、トイレから出て目が合った時には既に赤かった、気がする。


舞織は、人識の向かいに立った。

ちょっとだけ舞織の方が背が高いので俺は目線を少し上げなくてはならない。

目で、何? と問うた。



「あ、あの…っ」



そう言って、いや、そう言ったっきり、舞織の口からは言葉らしき言葉が聞けなかった。


あの、その…えっと………あ、あの…ええっとぉ…


呟くようにしてそんな言葉を延々と繰り返し、一向に呼び止めた話題に入ろうとしない。

ばかりか目を逸らして、指を絡めて解いて、困ったように眉を下げて、余程言いづらい事なのかと人識は首を傾げた。

ていうか可愛いな、オイ。


と、そこで、ピーン…と、ある一つの疑いが空から落ちてきて、人識の脳天を直撃した。


も、もしやこれは…

いやいや、決め付けるには時期尚早と言うヤツだ、勘違いだったらどうしてくれる、赤っ恥も真っ青の恥曝しの勘違い野郎だ。

ちゃんと確認せねば、…確認…



「……」



いや、もうこれ決定だろ!

人識は、わなわなと震える手にグッと力を込めた。

それは見るところによればばガッツポーズに見えなくもない握り拳だった。


人識は一人、確信する。

これから舞織が自分に言わんとしている事を。


告白、に違いない。


シチュエーションはイマイチパッとしない、というかトイレから出てきたとこを狙うたぁどういう事なのか…

もしや、将来、私達こんな始まりだったわよねぇ、うふふ、あはは、な展開を予定しての事かも知れない。…よく分からないけど。


とにかく。


紅潮した頬、潤んだ瞳、言いづらそうに口ごもるその様は、まさしくこれから告白をしようとしているに違いない。

けれど今一つ押しが足りないと言うか、恥ずかしさが勝ってしまっているのかも知れない。


だとすればまずい。

このまま、やっぱり何でもないです。なんて事になってしまっては、それこそ後悔ばかりが募る事だろう。


それだけは阻止せねば!



「まっ、舞織!」

「はっはい!?」



その勢いで何の策も無し、名前を呼んでしまった。

突然名を呼ばれた舞織は、ビクと肩を揺らし、驚いた顔で俺を見つめた。


ああ、どうしよう。


ここで俺が、告白すれば良いのか?!

いやいやでも、告白して欲しいなぁ…


いやでも俺がするべきだよな、女にさせるなんてのは可哀想だし男としての立場がない。


ああでも、その顔で「好きです」なんて言われた日にゃあ………なぁ?


俺に女心は分からない、言って欲しいのは男も女も同じだ。

付き合うようになったらいくらでも言ってやるし、第一告白しようと決意したのはそちらが先なのだ、そうだ。


俺は、心の中で大きく頷いて、もう一度「舞織」と呼んだ、今度はなるべく優しく丁寧に。



「……別にさ、遠慮、すんなよ」

「え?」

「…言いづらい事も言い合えるのが家族だろ?」



まぁもうすぐ家族以上の深い繋がりになるわけだが。



「だからさ、…何でも言ってみ」

「……人識くん…」



よし、こんなところだろう。

じわーんとしているだろう舞織を見遣って、密かに頷いた。


さぁ!思う存分、俺への愛を告げるといい!



「…じゃ、じゃあ…言いますけど…」

「おう!」

「…チャ」

「うん?」

「チャック…」



チャック?

チャックって何だ?いや、意味は知ってっけど、今ここでチャックを持ち出すってのはどういう事だ?


あ、チャックのように一つになろう、とか?

おいおい、大胆だなぁオイ。



「チャック、開いてますよ」

「………は?…」

「だからっ!チャック開いてるって言ったんです!あーもう何度も言わせないで下さいよう!!」



恥ずかしいっ!と舞織は一言叫び残して、階段を駆け上がっていってしまった。



「…………」



俺は、人生始まって以来の最高級の間抜け面のまま、顔を下に向けた。


……あ、ホントだ、チャック全開。


ジジッ とチャックを上げ直す。





………

……



……

そりゃねぇぜ!!




先日参加させて頂いた絵茶で、可哀想な人識くんが好きだという話をしまして。