「はい、伊織ちゃん。これ、私から」

「わぁ、ありがとうございますっ」

「で、これはアスからね」

「…軋識さんが渡してくれないんですか?」

「うふふ、アスは恥ずかしがり屋さんだからね」

「うふふー、こそばいですか。軋識さん、ありがとうございます」

「……っちゃ」

キラキラキラ

大きなクマのぬいぐるみ ―頭にリボンが付いてるところが双識らしい― を抱え、

小さな鞄 ―一体どこに売っていたんだ、そんな高そうなヤツ…― を膝の上に、舞織は、人識の方を向き直った。



「人識くんは、何もくれないんですか?」

「………あー…」



その舞織の言葉に、人識は気まずそうに目を泳がせる。



「……ねぇよ…」

「…そう ですか。きっと人識くんの事ですから、どれにしようか迷いに迷った挙句、逆切れして買うのをやめたってトコですか?」

「…うるせえ」

「お気持ちだけで十分です、ありがとうございます」



ちっとも、礼を言っているような顔ではない。

どちらかと言えば、がっかりしたような、寂しそうな…



「…っま――…」

「じゃあ料理が冷めないうちに食べようか」

「はいっ…人識くん、今何か言いましたか?」

「ッ言ってねぇよ…イタダキマス」

「?いただきまーす」



わぁ わたしの大好物ばかりですね!

味は微妙っちゃけど…

二人で作ったんですか!?うふふ、物凄い光景だったんでしょうねえ

それはそれはもう凄かったんだよ、アスってばねぇ、エプロンが無いから私のエプロンを貸してあげたんだけどね…

うわっ、写真、取りました!?

勿論っ、ビデオもあるから後で一緒に見ようね

はぁい、軋識さんも見ましょうねー





なんて、楽しそうに嬉しそうに、幸せそうに笑う舞織を横目に見遣って、人識はポケットの中に突っ込んだままだった手を出した。

そのポケットの中のモノがゴツゴツといつまでも足を刺激して、とても不愉快でならなかった。





そうして宴も酣を過ぎ、お酒に手を出し始めた悪い大人二人を楽しそうに見つめる舞織の手を引いて、人識はリビングを後にした。



「人識くーん?おトイレですか?」

「ンなわけあるか」

「?何かご用ですか?」

「人識くんてば…こんなところに突っ立ってると…もう四月ですけど、風邪、引いちゃいますよ?」

「……」

「どうしたんですかー?」



おおい 応答して下さいよう と顔の前で手を振られる。

夜目に慣れるのが早い自分と違って、舞織の瞳は、おぼろげな輪郭しか映していないだろう。


今しかない



「舞織」

「はい?」

「………目ェ瞑って、…あー…ちょっと頭下げろ」

「え?」

「はーやーくーしーろー」

「痛い痛い、暴力反対ですよう」



ぎりぎり と頭を鷲掴まれて、視界いっぱいに床と、二人分の下半身が広がる。


どうしたというのだろうか…

とりあえず、舞織は大人しく目を閉じた。



「目ェ、瞑ったか」

「はい」

「良いって言うまで、開けるんじゃねぇぞ」

「はいはい」

「はいは一回で良い」

「うふふ、はーい」

「……」



まるで先生…いや、母親のようだ と舞織は小さく笑みを漏らした。

上の方で、チッ と舌打ちが聞こえ、それから、ガサガサ と何かを開ける音。



「良いか、絶対開けるなよ」

「分かりましたって」



もー、しつこいなぁ と思ったその瞬間。



「ッ冷た…」

「っちょっ、おま、動くなって…!」

「わ、あ あっ」



ヒヤリ と首に触れた何かに、舞織は驚いて頭を上げた。

と、人識が首元で何かしている という映像を最後に、舞織は、ぐらり とバランスを崩した。



「っ…てぇなぁ!」

「ふぇえん、怒らないで下さいよう!わたしだって肘打って、痛いんですからー」



人識を下敷きに、二人は床へと倒れ込んだ。



「大体、人識くんが目を瞑れなんて言うから……そもそも、何してたんです か……?」

「……」



ちゃら



「……っ!?」



舞織は、首に掛かったソレを…そのキラキラと光るソレを、手に取って、わたわたとし出す。

人識の顔とソレを交互に見比べては、小難しそうな顔で、戸惑いをいっぱいに表した。



「…ぶっ、ちゃんと口で言えよ」



ちゃら

と、金属同士がぶつかる音が、また聞こえた。



「こ、…これ…!!」

「やるよ」



そういうの、…好きだろ?

と、人識は小さく笑った。


ほんのりと染まった頬を、わたしが気付かないでいると思っているのだろうか…

目を瞑らせるから、もう視界は冴え渡っているというのに。



「っ…」

「…舞織?」

「……ぃ」

「あ?嫌い?」



小さなトップの付いたソレをぎゅうと手の内に閉じ込めて、舞織は俯いたまま体を震わせていた。


人識の言葉に首を振って、それから随分ゆっくりとした動作で人識の首へと腕を回す。



「……泣いてんの?」



ふわふわ と柔らかな髪が頬に当たって擽ったい。

人識はその髪の柔らかさを堪能しつつ、肩を震わせる舞織に声を掛けた。



「人識くんが心優しい子に育ってくれて舞織ちゃんは涙が止まらないほど嬉しいんです」

「…アホか」



ゴツ と頭を軽く叩けば、ソレが仇となって、舞織は大粒の涙を零した。



「大切にします…ずっとずっと、付けてます…っ ありがとうございますうぅ…」

「……あーあー、分かった分かった。気に入ってくれて嬉しいよ、だから泣くなよ。煩いし …ほらほらー、よしよーし」

「うぅ…棒読みだし…子供扱いだし…飴と鞭をいっぺんに寄越さないで下さいよー」



あほんだらー と舞織は首に回す腕の力を ぐぐ と強めた。

すぐに、ギブ と笑いが含まれた声が聞こえて、それからゆっくりと体を離された。



「……さて!…行くか」

「へ?」



どこへ と聞く間もない。


にたり と笑むその微笑みは、以前、数度見た事がある。

邪悪で邪でエロティックで、もういっそ、寧ろ清々しいくらいの満面の笑み。


それは、ソレの前触れだった。