「お疲れ様でした。お先、失礼します」

「おー、気ィつけて帰れなー」



ざぁざぁ ざぁざぁ

止め処なく



「ううわ、降ってやがる…」



ざぁざぁ ざぁざぁ

誰かの涙

doll

季節は夏。

じりじり と暑い日があれば、からり と晴れた清々しい日もあり、今日みたいに、どしゃり と雨が降る日もある、そんな季節。


朝から、どんより ずっしり とした重く暗い雲が空を覆っていた。

どうだろうな と悩みつつ、傘を置いていったあの瞬間が悔やまれる。



「あーあーあーあー、だからってンなに降る事ねぇだろうに…」



チッ と舌打って、軒下から空を見上げる。

朝よりも重さを増した黒い雲は空一面を覆い、大号泣している。



「やみそうにねぇなぁ」



カシャン


走るか

そう心の中で呟いた瞬間だった。



「こんばんはだね」



傘を畳んで、礼儀正しく頭が下げられる。

重力に従って長い長い黒髪が、だらり と顔を隠し、そして上げられる。



「コンバンハ」

「兄貴はまだ中なのかな?」

「…ああ、まだいるぜ」

「ありがとうだねっ」



明るい声、可愛らしい眼鏡、ぴょこぴょこ と動く耳。

尻尾を、ゆらゆら と揺らしながら、少女は人識が出てきた店へと入って行った。


理澄!迎えに来てくれたのか!? と嬉しそうな声がすぐ後ろから聞こえてくる。




ギリ…ッ

知らず知らず、無意識に 手が拳を作る、歯を食い縛ってしまう。



ぱしゃんっ

水溜りに足を突っ込んだ。


人識はソレも気にせず、ざぁざぁ と雨が降り注ぐ真っ暗な道を走った。



明るい声、可愛らしい眼鏡、ぴょこぴょこ と動く耳、しゃなりとした尻尾。

けれど、整った幼い顔に、笑顔はない。



何せ彼女は…



「ッハァ、 はぁ……ンの野郎まで……ッ」



生きる人形なのだから