「そんなに怒るなよ」

「怒ってません」

「…不貞腐れてるじゃねえかよ」

「不貞腐れてもないです!」

「じゃあ何だよ。こっち向け」

「……いや…」



殆ど最後の方は掠れてしまって声にならない。


ああ、どうしてこんな事に。

こんなはずじゃなかったのに…


と、舞織は溢れ出る涙を拭って、そう思った。

甘いのはチョコレイトだけじゃあない

ソレの十五分前



「…っよし、できたっ」



会心の出来。

舞織は一人満足そうに頷いて、綺麗にラッピングされたその箱をテーブルの上へと置いた。



「人識くん、まだ帰ってこないのかなぁ…」



時計を見上げる。

時刻は夕暮れ、五時が過ぎたところ。



「片付けでもしようかな」



落ち着かない、浮き立つ心を歌にして、使った道具を洗いにかかる。



待ち侘びた彼が帰ってきたのは、五分後の事。


洗い物が中途半端にも関わらず、舞織は濡れた手を拭いて玄関へと駆けて行った。



「お帰りな、さ……い…」



そうして駆けて行って、舞織は茫然と立ち尽くす事となる。



「おう、ただいま」



何せ、その人識の両手には、行きには無かった紙袋が右手と左手、それぞれに一袋ずつ。

中身なんて見るまでも無いのは、匂いのせいか、袋からはみ出す箱のお陰か…


舞織は、暫く立ち尽くし、それから何も言わずにリビングへと戻ってしまう。



「ちょ、舞織?」



人識は再び洗い物を始めようとする舞織の腕を取って、向かい合うようにして座らせた。





そうして、そうして、今に至る。



「泣くなよ」

「、っ、触らな いで」

「…っ」



ぱしり

と、物事はどんどんと悪化していく。


頬を伝う涙を拭おうと伸ばされた手は、運悪く尖った爪で引っ掻かれてしまう。

赤くなっていく右の手の甲に、舞織は眉を下げていよいよ涙を零した。



「…ごめん なさい…」

「………なぁ…」



蚯蚓腫れとなって残った痕を、舞織が申し訳なさそうにして触れる。


その手とは逆の手を、舞織の頬に。

引っ掻かれない事に小さく安堵して、人識は苦笑を零した。



「キスしても良いか?」

「……」

「…なぁ…」



言葉に詰まる。


拒否ではない 否定ではない

ただの羞恥だ

声に出ない代わりに、小さく頷いて、目を閉じた。



瞬間、ちゅう と触れる唇。



ゆっくりと離れていくその気配に、目を開ける。

やはり、先程と変わらず、人識は苦笑いのまま。


その笑みが酷く悲しくて、舞織は両の腕を伸ばして、人識の首へ。

倒れ込むようにして、口付けた。



「…ごめんなさい」

「ああ…」



一つ一つ、詫びるように、口付ける。





満足いくまで口付けて、漸く離れた。



「まさか、そんな妬いてくれるとは思わなかったな」

「…酷いです、そんな言い方」

「だから悪かったって」



お前には悪いけど、嬉しかった ともう一度、唇が触れる。



「コレは兄貴達にやるから、お前のちょうだい」

「……うん」



その前に、もう一回だけ… と唇が触れる。

ソレが微かに甘いのは気のせいだろうか…


これだから甘いものはやめられない と人識は一人、心の中で自嘲した。