制服は自宅から、救急箱は保健室から。

え?鍵?そんなの、ヘアピンでちょちょいのちょいですよ。



歌うようにそう言い放った舞織に、俺は呆れて言葉も出なかった。


そして、思った。


やっぱあんたは零崎だ と。

Honey Bunny Baby

月明かりだけが頼りの暗闇の中。

舞織は、ここが私の教室ですよ と階段上って一番奥の教室へと俺を招き入れた。



「…そこら辺に座って下さい」

「ん」



教壇の段差に腰掛けると、舞織はその向かいにしゃがみ込んで、俺の手から救急箱を受け取った。



「手首から先が無いので上手くできないですけど」

「菌が入らなければ良しとしてやるよ」

「ありがとうございます」



保健委員でもしてたのか、慣れた手付き、いや…腕付きで、消毒液をぶっ掛け、くるくる と包帯を巻き、口を使ってテープを契り貼り付ける。



腕と膝に包帯を、頬に絆創膏を数枚貼り終えた頃には、壁に掛かった時計は八時過ぎを差していた。



「…ふぅ…」

「さんきゅ。…じゃ、あんたの手当ては俺がしてやるよ」

「いえ、まだ人識くんの手当ては終わってないですよ」



じわり と額に浮かんだ汗を拭って舞織はそう答えた。

首を傾げる俺に苦笑して、ソッ と下腹部に触れた。



「さっきから庇ってるのがバレバレです」

「……」

「見えないからといって怪我をしていないとは限らない とはよく言ったものですよ」



言わねえよ、阿呆


無言のツッコミをどう受け取ったのか、舞織は、ズズイ と距離を近づけてくる。



「手当てさせて下さい」



真剣な面持ちで、それでいて少し心配そうに言う舞織に、ちょっとだけきゅんときた。


…………おいおいおい、何だよきゅんって。

恋する乙女か俺は。ん、いや、乙男か。かは!傑作だぁな、オイ。



「庇ってたのは事実だけどさ、言うほど酷くないんだよ」

「酷いかどうかは私が決めます」

「自分の体の事は自分が一番良く分かってんだよ」



ぐぐぐ と今にも取っ組み合いになりそうな体勢。

舞織の両腕を俺が押さえて、額が、ゴツリ と当たったままに、お互い一歩も譲らない。



「……はぁ…」

「?あ、降参ですか?」



溜息を負けと取ったのか、顰めていた眉が、ふわり と緩んで笑みへと変わる。

ああ…やめろよ、何か、またきゅんとかなるじゃねえか。



意識し出すと余計に…とはまさにこの事か。

今まで気にならなかった事や気付かなかった事に目敏くなってゆく。


スカートから覗く白い太腿だとか、袖から見える柔らかそうな腕だとか、月明かりで青白く見える首筋とか…

ああ、ちくしょう。



「…っひとし……っ!?ちょ、ちょっちょっちょ…っ?」



掴んだ腕を一纏めにして、上で押さえつけた。

反抗される前に、押し倒して舞織に馬乗りになる。



「ひ、ひとしきく…」

「…黙っとけよ」

「………っ」



言葉を紡ごうとするその唇の上に人差し指を置いて、ズイ と顔を近づけた。



「今度は俺が手当てしてやるって」

「あ の…」

「見える部分も見えない部分も洗い浚いなぁ?」



月をバックに笑った俺の表情は、こいつにはどう見えたんだろう。


首筋に、ソッ と舌を這わせながらそんな事を考えた。