ザアアアアアァァァァァ――――――… Once again しとどに濡れそぼってしまった全身は、凍てつくような寒さを舞織に与えていた。「…風邪引いちゃいますねー」 身軽に動く事のできるパーカーも水分を吸い込んで随分と重たい上に、べとり と冷たい。 「…っくし!」 断続して続いているくしゃみが、風邪を引きかけているのだと教えている。 「…ふ、はぁ」 不可解な溜息を漏らして、頬を拭った。 「うげ」 拭った手の甲に付着したのは、赤黒いソレ。 「さっきの人ですね、くそう」 先程通ってきた道程を振り返って睨みを利かせるが、もはやソレに反応を示すものはいない。 遠く離れた山奥の山奥の山奥にあった廃屋へは、電車とバスを乗り換え乗り継いで、最後の山道は自身の足を使った。 廃屋には、数人の人と草木が同居していた。 その草木が、そいつらを助太刀するように舞織の足に自身の根を絡ませて引っ掛けるものだから、何度足を躓かせた事やら。 「ラスボスが必ずしも強いとは限らない…か。これで、舞織ちゃんは一つ賢くなったわけですねー」 目的とした人物は呆気も無く死んでしまった。 今舞織の足元に転がっているのが、ソレである。 命を無くしたソレはモノとなり、虚ろな目が舞織の方に向いている。 「恨みがましくこっち見ないで下さいよう」 照れちゃうじゃないですかあ と水を吸って重たくなった靴の爪先で、ゴツ と蹴る。 それは意とも容易く、ゴロゴロ と転がって、あろう事か本来のいるべき場所で止まった。 「ちゃんと元あるべき場所に収まるなんて…人間て案外賢いんですねー」 舞織の顔には、先程拭った掠れた血の他にも既に固まり出してどす黒くなり出した無数の血痕が付着していた。 幾人もの人の血液が室内に充満し、鼻がもげてしまいそうなほどに強烈な臭いがしていたのは何十分前の事だったか。 生きているのは多分自分だけ。 目的も達した。 なのにここを動かないのは何故だろうか。 自分の奇怪な行動に舞織自身が首を傾げてしまう。 それはきっと、ナニか、なんだろう。 自分の中のナニかが、まだだ、と言っているのだ。 第六感なのか女の感なのか零崎の感なのか… はたまた上がってきた熱に浮かされているだけかも知れないし、その熱に耐え切れない体が動く事を拒絶しているのかも知れなかった。 どちらにせよ、そこから動けなかった。 「八方塞ですか!」 うなー と奇声を発して、手近にあった椅子に腰を下ろす。 そのまま、ごてん と机に頭を預けた。 これが授業中だったなら先生が舞織を咎めた事だろう。 『零崎、寝るんじゃないぞー』 そんな声がどこからか聞こえてくる。 「寝てません、ただ会いたい人がいるんです。会いたくて会えなくて、辛くて切なくて悲しくて体に力が入らないんですよう…」 目を瞑らなくても自然と浮かんでくる。 独特の笑い方。 奇異な刺青。 不可解なピアス。 「人識くん…お迎えに来てくれないですかねー」 どう思います? と反対側でうつ伏せになっているソレに問いかけてみる。 「うぅー……仕方ない…老体に鞭打って、予感は無視する事にして、帰りましょうかねー」 ガタッ と椅子を押して、席を立つ。 と、 「っわ、ぷ」 ドン とぶつかる。 ナニに? だなんて、考える暇も無かった。 床に尻を打った自分を覆ってしまった影が、何かを振り上げる。 ナニを? だなんて、確認するまでも無かった。 本能的に、右手が動いた。 ずしゅ…っ 右の太腿に、熱い痛みが突き刺した。 「―――――――――――――――――――――………ッッッ」 声にすら出せない痛みが、舞織の太腿を深々と貫いた。 |