「…ああ、ほらなー」

あと何センチ?

やっぱり と人識は脱力する。


群衆を掻き分けて、最前列に人識は立った。


目の前には舞織。

気付いているのかいないのか、舞織は人識に背を向けたまま、ソイツら…


そこでまた、ハァ…と人識は頭を抱えた。

先程ぶつかったあの三人組だった。


何がどうなったのかは知らないが、舞織とその三人組は睨み合って対峙していた。



「アイツらが悪いんだろうけど、謝った方が身の為だよなあ?」



後ろでヒソヒソと声がして、人識は後ろを振り返った。



「ねぇ。アイツ、何やったの?」



突然話し掛けられた大人は少し驚いてから、哀れんだ瞳で口を開いた。



「あの三人組があの子にわざとぶつかったんだよ。そしたらあの子の持ってた飲み物が三人組のうちの一人にかかっちゃって…」

「…あー…」



人識は物凄く面倒臭そうな面持ちでまた舞織の方を向いた。


まーだ対峙が続いてる。



因縁吹っ掛けられて、素直に謝るほどウチの家系はなよっちくない。


寧ろ逆。

売られた喧嘩は買え、だ。



まだ誰も気付いていないようだが、舞織の殺気とも言える怒気が、その三人組に向けられている。

その三人組はと言えば、素人でも分かるだろうその怒気に当てられて今にも失神しそうだった。



「君、あの子の妹さん?」

「は?」



先程話しかけた大人が、人識に向かってまた言葉を掛けてきた。




つーかちょっと待て。


今、何つったよ、オッサン。



い も う と  だぁ?



「あのを子の事を説得してきた方が良いんじゃない?あの三人組はここら辺でも有名だよ」

「……俺はアイツの男だっつーの」



どーせこのまま放っておいても、あの三人組は舞織の怒気によって失神していただろうけど。

言い放たれた言葉にカチンときて、人識は一人ゴチて、舞織の前へと立ち塞がった。



「…ッえ、あ…ひ、…人識く、ん?」

「あんたってヤツはー…」

「う、うな…っ…いっ、いたたっ、痛いよう!ごめんなさいごめんなさいっ勝手に動いちゃってごめんなさいーっ、だから離してぇー」



とりあえず振り返って、舞織の頬を渾身の力を込めて引っ張る。


ギブギブ と頬を抓る手を叩くが、許してやるつもりは毛頭なく、思い切り引っ張っていると、後ろからアノ嫌な笑いが聞こえてきた。


振り返れば、先程の青白い顔は何処へやら。

何事も無かったかのように平静を振る舞うソイツらがいた。



「誰かと思えばさっきのガキじゃねぇのぉ」

「お姉ちゃんをたちゅけにきたのかなぁ?」

「キヒヒヒ」

「たちゅけに来てくれたんですかー?」

「あんたまで混じってんじゃねぇよ」

「うなぁッ」



その三人組のからかいに紛れてからかってきた舞織にデコピンを食らわせる。

痛そうに額を擦る舞織に背を向けて、人識は、ふ とそちらを向いた。



「…おい、…コイツのせいで今軽ーく流しちまったけど…俺がコイツの何だって?」



瞬間、ピリリとした空気が人識を包んだ。

舞織はソレを察したのか、ヒクリ と口元を歪めた。



「…人識くん?あんまり怒ると体に悪いですよー?」

「あんたは黙っとけ」

「はっはいっ」

「ハァ?何だってェ?」

「声が小さくて聞こえまちぇんよー?」

「キヒヒヒッ」

「だぁかぁらぁ…」



人識の空気が格段に膨れ上がる。

男のウチの一人が、ヒッ と短く悲鳴を上げて、後退った。



じゃり

と足元の砂が擦れ合って音を出した。



それが合図のようにも思えた。



「俺はコイツの彼氏だっつってんだろうが――!!」



ひゅん と空を切る音がした。

目にも止まらぬ速さで、その三人組にそれぞれ、回し蹴り、足払い、デコピンを食らわせる。


本来なら胸にしまってあるナイフの方が楽だし好きなのだが、


ほら、ここって近所だしさ、悪い噂が立つと兄貴に怒られるし、もしかしたら引っ越す羽目になるかもしんないだろ?

かははっ、俺ってイイヒト!


心中そう呟き終わると同時に、その三人組もそれぞれ地面に伏した。



「…はぁ………ほら、帰るぞ」

「…え、あ、はい」



呆然と立ち尽くしている舞織の手を引いて、神社を後にした。



神社には、不良が突然倒れてしまった風にしか見えていないその群衆が、口をあんぐりと開けて立ち尽くしていた。


* * *


「ほら、そこ…座れ」

「はぁい」

「ソレも脱げ」

「ひとし…」

「早くしろ」

「はい」



少し歩いた後、街灯が頼りなく照らすベンチを見つけ、舞織をそこに座らせた。

下駄を脱がせて、ポケットから先程買ったソレ、絆創膏を取り出す。



「痛くねぇ?」

「…知ってたんですか」

「ああ。でもどうせあんたは平気だとかぬかすんだろうからさ、黙って買いに行ったのによ、戻ってきてみればいねぇし」

「…うぅ…ごめんなさい」



しゃがんで、その自分の膝の上に、舞織の足を乗っけた。

ペリペリと剥がして、その親指と人差し指の間、皮が剥けて血が滲んだそこにソレを貼った。

左足にも貼り付けて、人識は、ハァ と息を吐いて立ち上がる。



「立てるか?」

「…立てないって言ったら、おんぶでもしてくれますか?」

「バカ言え」

「ですよね」

「してやるに決まってんだろー」

「え?」



ほら と人識は背を向けてしゃがんだ。

まさかと舞織は驚いて目を丸くした。



「んだよその顔は。俺はあんたの何だよ」

「……うふふ、カレシ様でしたねー」

「そう、カレシ様なんだよ。カノジョ様には心優しいんだよ」

「傑作ですね」

「バカ言え」



くすくす と笑いながら、舞織は遠慮がちに、人識の背へと体を預けた。



「おいおい、これは、…」



柔らかく、温かいソレに、不謹慎にも口元が緩んだ。

結構役得だな、コレ… と人識は一人心の中で呟いた。



「何ですか?」

「…イヤ、もう少し運動すべきだな」



だが、すぐに引き締めて、ソレを悟られないようにする。



「…っな!…人識くん、それって私が重いって事ですか?!」

「そんな事一言も言ってねえけど」

「…――ッうなーっ」

「イテッ言い当てられたからって叩くなよ」

「うなァー!!」


* * *


――翌日



「人識、これは何なのかな」

「へ?」



太陽が一番高い所に昇っている時間帯に気だるげに起きてきた人識に、双識は一枚の新聞を人識に渡してみせた。

見る見るウチに人識の顔が歪んでいく。



「これにはだな、兄貴。深い深い事情があるんだ」

「目立つ行動しちゃあダメだって、言ってるだろう」

「だってあの時は致し方なくー…」

「おんやー?人識くん、今お早うですかー?こんにちはー」

「…あ、おい。舞織。あんたのせいだぞ。兄貴に説明しろ」

「何をですかー?」

「だから昨日のー…って言わすな!」

「えー、何の事だか言ってくれなきゃ分かんないですよう」



ギャアギャア騒ぎ出した二人に、軋識がひょいとリビングへと顔を覗かせた。



「何騒いでるっちゃ」

「これだよ、これ」



近所の人が変な噂立てなきゃ良いけど… と双識が深く息を吐いた。

軋識が渡された新聞に、目を通す。



「えー…『俺はコイツの彼氏だっつってんだろうが――!!』果敢にも不良に立ち向かったお手柄中学生。不良の三人組を一瞬で退治?」

「…人識、お前、まだ中学生やってたっちゃか?」

「違う」

「おねいちゃんをたちゅけに来たんですよねえ」

「あんたは黙れ」



笑んだ舞織の表情に、双識と軋識が、キラリ と瞳を輝かせた。



「なになに、お祭りで何かあったの?伊織ちゃん」

「実はですねお兄ちゃん」

「俺にも聞かせるっちゃ」

「…舞織ィ?」

「う、うなぁ!?」



昨日のソレに似た威圧を飛ばしてくる人識に、軋識が、まぁまぁ と間に入る。



「まぁ、良いじゃないっちゃか」

「良かねぇよ、大将ォ…聞いてくれる?」

「聞くだけなら」



ハァァ と辛辣な表情で話し出した人識と軋識を他所に、双識はち舞織の肩を叩いた。



「昨日の気まずさは無くなったみたいだね」

「距離はもうゼロなんですよー」

「良かったね」

「うふふ、次は皆でお祭り行きましょうね」



「俺はもうぜってー行かねぇからなー!」




お祭りって良いよね。夏祭り企画の一つでした。

ここまでお付き合いありがとうございました。