「ほら、人識くん!金魚ですよ、赤いのと黒いのがいますよー」

「見りゃあ分かるっつの」

「可愛いですねえ」

「……」



可愛いのはあんたの方だっつの。

二人きりの時ならまだしも、人前で堂々とそんな科白を吐けるわけも無く、ぽんぽんと髪を撫でるだけに終わる。


それでも舞織は嬉しそうに微笑んだ。

あと何センチ?

「神社のクセに結構本格的だなー」



カラコロ と下駄の音が夏のお祭りを感じさせる。

左右に並ぶ的屋の数々に、舞織はキラキラと瞳を輝かせた。



「ですねー。花火とか上がりますかねー」



大きく口を開けてワタアメを食べようと悪戦苦闘している舞織をチラリと見遣って、すぐさま後悔した。



藍色の浴衣を纏った舞織の唇には先程の接吻で薄くなってしまったけれど、淡いピンク色の口紅が無理なくキツくなく舞織に合っていた。

短い髪を結って露になったうなじは、肌の白さと空の黒さが綺麗なコントラストを醸し出していた。

ラメが振り撒かれた髪は光に当たる度にキラキラと光って眩しい。


それから、先程気付いたのだけれど、手にも足にもピンク色の口紅と同じ、淡いピンクのマニキュアが塗られていた。


足に塗るのは、何て言うんだっけ。


そんな事をボンヤリ考えながら、何気なく舞織のその下駄を履いた足を見ると、右足を僅かに引き摺っているのに気付いた。



「……舞織」

「はい?」

「その足の……イヤ、…ちょ、…あ、あそこ!あそこ、座れ!」

「足?…えっ、ちょ、人識くん?」



問い詰めたところでどうせ、平気だと言って我慢するに決まってる。

人識は、ワタアメと巾着を持っていない方の舞織の手を引っ張って、屋台を少し進んだ先にあった境内の階段に座らせた。



「人識くん?」

「いいか」

「はい?」

「絶対に!ここから!動くなよ?」

「…え?」

「返事は?」

「は、はい」



鬼気さえ感じられるその剣幕に、舞織は押されて、こくこく と頷いた。


途端、人識はいつもの笑みで、よし と舞織の髪を撫でた。

そしてそのまま、また屋台の方へ走って行ってしまう。



「ひ、人識くん!どこ行くんですか?」

「いいか!ぜってー動くなよ!」



走りながらこちらを振り返り、もう一度、舞織に釘を刺した。

舞織は、人識の方へ伸ばしていた手を下ろして、とりあえずその階段に腰を下ろした。



「……トイレですかね…」



そっかそっか と半ば無理矢理に自分を納得させ、手の中で幾分小さくなったワタアメを齧った。





「ハァ……何であそこ潰れてやがんだよ。…他のコンビニなんて俺……知らねぇぞ」



ゼェゼェ と荒い息のまま、人識は頬を流れた汗を乱暴に拭った。



「――ッ?!」



不意にくらりと眩暈に襲われて、よろめいた。

その拍子に人にぶつかる。



「あー、すいませ…」

「おいおいー、気を付けろよなー、ガキィ…」

「そんな怒っちゃ可哀相だってー」

「そーそー」



キヒヒ と感に触る笑い方をしたソイツら。

一目でそういった類の輩だと思わせるその三人組は、先程と同じように、キヒヒ と笑いを響かせながら歩いて行った。



「ああいう風にだけはなりたくねぇなぁ」



その背を見つめて、人識は一人、感慨深く頷いた。

だがすぐに、ハッ となり踵を返してまた走った。





「人識くん、遅いですねー」



誰に問うわけでもなく、足をブラブラと行ったり来たりさせる。

その度に、下駄が、カラコロ と音を立てた。



「ワタアメ食べたら喉も渇いちゃいましたし、飲み物でも買いに…」



「いいか!ぜってー動くなよ!」



ぴょいと階段から降りて、そこで人識の言葉が蘇った。



「すぐ帰ってくればバレないよね」



喉の渇きには勝てずに、舞織は、巾着を振り回しながら屋台の中へと入っていった。





「……アイツ…」



ああもう… と頭を掻く。


やっと見つけたコンビニで馬鹿高い絆創膏を購入し、戻って来てみれば、予想通りというか、そこに舞織の姿はなかった。

予想はしていたが、こうも予想通りだと、逆に、清清しく…



「なるハズねぇっつの!!」



チッ と舌打つ。

どうしたものかと、舞織が座っていたそこに腰掛けようとして…




キャ―――ッッ!!!




甲高い声が夜風に乗って人識の耳に届いた。



「…あー…物凄く嫌な予感がするよ、おい」



ハァ と溜息を一つ零して、その悲鳴の方向へと走った。