「お兄ちゃん、お風呂―っ!」

「俺が先っちゃ!レン風呂―っ!」



血が繋がってなくとも、一緒にいるだけで性格や行動パターンとは似てくるものらしい。


どたどた玄関先で騒がしいなと思う間もなく、自分を呼ぶ声が響いた。

声に急かされるまま、双識はふふと微笑んで玄関へと向かった。

マジで!!?

「どうしたの二人とも」



玄関には、ゼィゼィ と息を荒くして、苦しげな顔をして倒れ込んでいる軋識と舞織の姿があった。

舞織の前髪がしっとりと汗に濡れて張りついているのに苦笑し、双識は体を屈めて細い指で髪を払う。



「お兄ちゃん、聞いて下さいよう!軋識さんがぁ!」

「俺じゃないっちゃ!舞織が…」

「はいはい、とりあえず伊織ちゃんはお風呂に入っておいで。風邪でも引いたら、大変だからね」

「はぁい」



優しく頭を撫でられて微笑まれて、舞織も同じように微笑み返す。

先程までの怒りはどこへやら、小さく歌を口ずさみながら、ローファーを揃え脱いで、二階へと駆け上がって行く。


その後ろ姿を見遣り、軋識が額を拭った。



「…差別は良くないっちゃ」

「女の子には優しくするもんだよ」

「だから差別は…」

「アスは涼しいリビングでビールでも飲むと良いよ、冷やしておいたから」

「本当っちゃか!?」

「ああ、買い出しに行ってくれたお礼だよ」



双識はニコリと笑み、軋識が手にしていた麦茶パックを受け取ってリビングへと姿を消した。

すぐにリビングへと入ってくる音、二回から降りてくる音がした。



「お風呂入ってくるですねー」

「レン、ビールはどこっちゃ!?」

「ちゃんと汗流してくるんだよ、ビールは冷蔵庫ね」

「はぁい!」
「分かった!」



全く…騒がしい子達だねと楽しげに苦笑いを零しつつ、双識は小さな幸せを一人噛み締めた。





「お風呂お風呂、熱いくらいが丁度良いのですよう〜、ふふ〜ん」



浴室前でバッサバッサと服が表裏引っ繰り返るのも捲れるのも構わず脱ぎ散らし、舞織は風呂に入る準備を始めた。



「半身浴でもしましょうかねー」



湯が張ったバスタブの中へと腕を突っ込み、栓を引き抜き、湯が鳩尾の辺りまで減っていくのを眺める。

と、後ろでドアがぱたんと閉じる音が聞こえた。

浴室で開いている窓のせいかもしれないと、濡れた手を払い、窓を閉めた。そのすぐ横で浴槽からゴボゴボと音が立てるものだから慌てて栓をする。



「はあ。…うし!バッチリ!…あ、本、洗面所に置きっぱなしだ」



読み掛けの本を読んでしまおうと持ってきていたのを忘れていた。

浴室のドアノブを掴もうと手を振りかぶる。



「あ、あれ?」



予想外、手は空振ってしまう。



「う、うなあ!」



いつもの取っ手を握る場所に、その取っ手が存在していなかった。





「やー、随分遠くまで来ちまったなー」



でも買えて良かった。

やれやれと手のうちで小さな重みを主張する袋を見遣って、額に滲んだ汗を拭った。


早く帰って風呂に入り直してえなとぼんやり思っていると、ふと思い出す。



「あいつら、あんな走って汗だくになって…風呂にでも入ったりしてねえだろうな…」



特に舞織。アイツ、サウナ状態で入るしな…


今入りでもしたら出られなくなるぞと そこまで考えて嫌な予感に背筋を冷えた汗が伝った。

何とも言えない気持ち悪さが襲って、人識は歩みを早めた。