「うぉっ…とと…!」



ガキンッッ!!!!

それは、これから起こる、惨劇の開始音。

マジで!!?

「あーつーいー…」



茹だるような暑さに目を細め、舞織は制服の裾を掴む。

まさかと眉を顰めるまでもなく、舞織は裾と体とに空間を作り、パタパタ と服の中に風を送り込み出した。

白い腹が、軋識の横目にチラリと映る。



「まーいーおーりー、みっともない真似はやめるっちゃ」

「やっぱり暑いー」



相変わらず人の話を聞きやしない… と軋識は小さく息を吐く。

袋の中で小さく音を立てたソレを横目で睨み、ただでさえ暑さで気が滅入っているというのにと軋識はまた小さく溜息を零した。





それは、空がオレンジ色に染まる頃の事だった。

ウトウトと微睡みながらテレビを見ていた自分にレンはこう告げた。


麦茶パックが切れてしまってね… と。

はいと何気なしに手渡されたのは茶色い皮財布。


行ってきてくれるかいとニコニコ微笑まれれば、夕飯の手伝いも何もしていない自分に反論する事など出来るはずもなく…

暑くジメる空を仰いで、軋識はサンダルを突っ掛けて外へと出た。

手近にあるコンビに行こうかと財布の中身を確認すれば、安くて量のあるお徳用を買ってきてとばかりに僅かな小銭しか入っておらず。

軋識は渋々と離れのスーパーまで足を運ぶ羽目となった。



暑いこの時季に麦茶が無いのは耐え難い。

冷凍庫に入っていたレンのアイスで譲歩してやろうと冷房の利いたスーパーから、暑苦しさが纏わりつくような外へと出た時。


はたはたとセーラー服を摘んで仰ぐ舞織と出くわしたのだった。


そして一緒に家路までを歩く今に至る。





「軋識さんは涼しそうな格好で良いですね。わたしはセーラー服ですよー!半袖だろうとセーラーはセーラー!暑いー」

「…アイスか何か奢ってやりたいのは山々だが、レンは最低限の小銭しか渡してくれなかったっちゃ」



ほら と財布を放り投げれば、中を覗きこんだ舞織は、うわあ… と顔を顰めた。



「このご時世、58円で買える物ってあるんですかねー」

「100均が高級ショップに思えるっちゃ」

「ですねー」

「まっ、帰ったら風呂にでも入ると良いっちゃ」

「えっ、もう沸いてるんですか?」



舞織は時計を見ながら少々驚いた風に言った。

だってまだ4時52分。



「ああ、さっき人識が帰って来て…帰ってくるなり風呂ー!って」

「今日は人識くんどこに行ってたんですかー?」

「さぁ、怪我するようなヘマはしてなかったみたいだけど…知らないっちゃ」

「聞いても教えてくれなそうですねー」

「「………………」」



じーわじーわ



「「………………」」



じーわじーわじーわじーわじーわじーわ



「それにしても暑い!」



そう言って、舞織はまたセーラー服を摘んで中へと生暖かい風を送り込む。



「やめるっちゃ!この恥曝しめ!」

「軋識さんよりマシです」

「ッ!?俺のどこが恥曝しだっちゃ!」

「存在自体が恥曝しなのですよ」

「ッ!!!!もう許さないっちゃ!」

「バットを持ってない軋識さんなんて怖くないですよー」



ブチ



「まぁいぃおぉりぃ?」

「な、何ですか?」

「…いっちょう…風呂前の運動でもするっちゃかぁ」



にたぁ…



「ッ!!!!?う、うな――――っ!!!」

「待つっちゃ舞織ィ!」

「待てと言われて待つのはバカだけですよう!!」



バタバタバタ と。

暑い暑いこの夏の夕暮れに、追い掛けっこをしている二人を、用あって外へ出ていた人識は発見した。


頬に汗を伝わせて、ベタつくだろう肌で組んず解れつプロレスごっこのような、じゃれ合いをしている。

その様を見、人識は眉を顰めた。

手にしていたバニラアイスを口に銜え、サングラスをかけ直す。

そして心底、それこそ心の底から、暑さにやられたのかという目付きで一瞥し、その場を後にした。