小学校の頃に習った事だと思う



外に落ちてたものを拾っちゃいけません って。


それは、綺麗な物だったり尖ってる物だったり犬だったり猫だったり…

とにかくソレの何かが自分の興味を惹いたのだ。

それはきっと、人間でも当て嵌まるんじゃないだろうか…

新入り

「ふぅ…」



からん とシャープペンシルを手から転がした。

ころころ と転がっていく先を目で追いながら、軋識は腕を伸ばして固まった筋肉を解した。


静まり返った部屋、自分の鼓動が聞こえてきそうな…そんな静寂を保った部屋は、軋識自らが希望したものだった。



「父さん達、まだ帰って来ないっちゃか…」



壁に掛かった時計は去年のクリスマス、何も欲しがらなかった軋識へ父がプレゼントしてくれたものだった。

その指針は子供三人で家にいるには、ちょっと危険な時間帯になっている事を指していた。

まあ、いつものこと。大して気にはしていないが…


手の内でかさりと音を立てた紙、丁寧な文字がびっしりと詰められたソレを手に取る。

文章能力のある父に、ぜひ、見直しをしてもらいたい。



軋識は、両親に迷惑をかけまいとレベルの高い高校への進学を狙っていた。



「たっ いっ しょー!!」



バァンッ!

そんな派手な音がして、軋識はビクリと肩を竦めた。

振り返ると、三兄、人識が、年不相応の不適な笑みを浮かべて、こちらを見ていた。



「……人識…ドアは静かに開けろと何回言ったら…」

「おなかすいたんだけど」

「人の話を聞けっちゃ……って、レンは?」

「あにきにたのんだらばくはつしたんだ。だからこんどはたいしょうに」

「ば、爆発?!…で、レンは?」

「へやでほんよんでる」

「…はぁ…分かったっちゃ。今行く」

「おれプリンなー」



プリンなんか作れないっちゃ と小さく息吐いて、立ち上がる。


とことこと前を歩く人識は現在小学五年生。

そんな弟には、昔何があったのか、右頬には刺青が施されてある。



「…レン……レン、開けるっちゃよ」



途中、方向転換をし、今は二人部屋となっている部屋をノックした。



「何か用かい?」

「……イヤ、…さっき爆発起こしたって言うから…平気なら良いんだっちゃ」

「心配してくれたのかい?ありがとう」



ふんわり と微笑むコレが次兄。

こいつも、理由は知らないが、瞳が赤色をしていた。



「今、人識のおやつを作るっちゃ。レンも何か食べるか?」

「じゃあ…コーヒーを貰おうかな」

「分かった」

「ありがとう。すぐ行くよ」



整った顔立ちを小さくと緩めて、微笑んだ。

双識は中学一年生とは思えない大人びたヤツだった。



「たいしょう、なにつくるんだ?」

「…焼きそば」

「どうして」

「冷蔵庫にあるからっちゃ」



既にリビング、ソファに体を預けていた人識は一つ、あっそ と、どうでもよさそうに返事をした。

キッチンの冷蔵庫の中を見、時計を見てから、軋識は袋を、パリ と開けた。


フライパンに油を注ぎ、火をかけたコンロに置く。


シンクに散らかった道具に手を掛けて、軋識は、はぁ と小さく溜息をついた。

人に作れと促しておきながら、その無関心さ、他人事のような物言い。

本当の家族だったら、ここで注意するなり怒鳴るなりするんだろうか…と。



分からない…

本当の家族を知らないのだから。


憧れていた

諦めていた

けれども、希望の光が差した


それからは、更に分からなくなってしまった。



「…はぁ…」



軋識が悩むのも無理はない。

軋識を含め、双識も人識も、血の繋がりはなかった。

全くの赤の他人、という事だ。



「…ちょっとお!何コレ!もしかして鍵かかってんのー?」



不意に、ガチャッガチャッ という音がして、軋識は心臓が跳ね上がるのを感じた。



「…っ 何だ、っちゃ?」

「……おふくろ?」



寝転がっていた人識も体を起こして、軋識と顔を見合わせた。



「…いくぞ、たいしょう」

「あ、ああ」



まさかまさか と心臓が跳ねるのは人識も同じらしい。

上からどたどたと転がり落ちるように、双識も駆け下りてきた。


三人で玄関の前に立つ。



「…鍵はアスが?」

「ああ、もしもがあったら困ると思って」

「…なぁ、ホントにおふくろかな?」

「お前の両親だっちゃ」

「そうだけどさー。まえにあっただろ?あけたらこわーいかおしたにいちゃんだった、とかって」

「いや、あれはトキ……まぁ、それは今は良いか。さて、どうしよう」



三人顔を見合わせていると、ガッ とドアが凹んだ。

いや、内側から見るならば膨らんだ、だが。



「人識ー、軋識ー、双識ー。開けてくれないと機織が…っ!ちょ、やめなさい!!」

「人識ぃー、双識に軋識ぃー!開けないと容赦しないってばー!」



そんな男の声と、女の声、そしてまた、ガンッ! とドアの別部分が歪みをみせた。



「おやじとおふくろだ」

「ああ、間違いないっちゃ。開けないとドアが壊れる」

「…うふふ、今開けても容赦ない事になりそうだね」

「とにかく開けるっちゃ」



鍵を捻るとほぼ同時に、ドアが開かれた。

と同時に、髪が短く肌が雪のように白い女性が勢いよく中へと入り込み、玄関に突っ立つ三人に抱き付いた。



「たっだいまぁあ〜!」

「「「お帰り」」」

「見て見てー!まーた拾ってきちゃったー」



じゃじゃーんっ とその女性が両の手を伸ばしていた。

その手には、幼い少女が一人、泣きそうな顔をして掴まれていた。



「機織、その持ち方はよくないよ」

「ねっ、ねっ、可愛いだろー!!思わず勃起したくなるほど可愛いだろー!!」

「「ぶっ!」」

「?ぼ…?」



噴きだす上二人の子供と、それを窘める男性。そうして一人分からず首をかしげる少年と。

まるで聞いていない女性は、少女を抱き寄せて言った。



「この子も今日から零崎よ」



女性がその少女に頬を寄せれば、遂に涙がボロリと零れ落ちた。